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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第3章:経済という戦場

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第21話:崩壊する信用


ロランたちが中央銀行を後にしてから、わずか一時間。 エモンの街は――完全なパニックに陥っていた。


「金貨に換えろ!」 「紙幣がただの紙切れになる前に、全部出せ!」


中央銀行の前には、数千人の群衆がさっとうしていた。 誰もが手に、シワだらけになった紙幣の束を握りしめている。 だが――銀行の重厚な扉は、固く閉ざされたままだ。


「開けろ!」 「俺たちの金を返せ!」


怒号が、街の空を震わせる。 ロランは少し離れた時計塔の影から、その狂乱を静かに見つめていた。


「すごいことになってますね……」


アルベルトが、隣で不安そうに呟いた。


「本当に、大丈夫なんだろうか」 「大丈夫です」


ロランは、感情の読めない声で答えた。


「すべては、計算通りですから」


隣に立つエレンも、満足そうに口角を上げている。 その瞳には、冷酷なまでの悦びが宿っていた。


「ええ。ボルドーの栄華は、今日この時をもって終わりを告げますわ」


その時――。 沈黙を守っていた中央銀行の正面扉が、ゆっくりと開いた。


現れたのは、ボルドーではない。 エモンの真の支配者たち。 『九商会長評議会』のメンバーだった。


九人の商人が居並ぶ中、一人の白髪の老人が前に出る。 マーカス・ヴァン・エステル。 九商会長の筆頭であり、この街で最も畏敬される商人だ。


「皆さん、静まりなさい」


マーカスの放った一言。 その重みに、荒れ狂っていた群衆が、波が引くように静まり返った。


「我々評議会は、今回の事態を重く受け止めています」


マーカスは、厳しい表情で言葉を紡ぐ。


「ボルドー・フォン・グラントによる、不正な紙幣発行――。これはエモンの信用を著しく傷つける、断じて許されざる行為です」


マーカスの声が響くたび、ボルドーの罪が確定していく。


「よって、本日をもってボルドーを中央銀行頭取の職からひめんし、全資産を凍結することを決定しました」


群衆から、どよめきが上がった。


「また、皆さんの持つ紙幣については、段階的に金貨との交換を進めます。どうか、冷静に対応していただきたい」


その言葉に、人々は安堵の息を漏らした。 救いの手は差し伸べられた。そう信じたのだ。


だが――ロランは隣のエレンに、微かな声で問いかけた。


「……実際に、すべての紙幣を金貨に換えることは可能なんですか?」 「いいえ。不可能ですわ」


エレンは、氷のように冷たく微笑んだ。


「物理的に金貨が足りませんもの。マーカスはただ『嘘』をついているだけです」 「時間稼ぎ……ですか」 「ええ。必要な嘘ですわ。このまま暴動になれば街が死ぬ。だから、偽りの希望を与えて秩序を繋ぎ止めているんです」


真実よりも、秩序が優先される。 それが、経済という名の戦場における残酷なルールだった。


     *


その夜。 ローウェル商会の執務室に、評議会からの使者が訪れた。


「マーカス様が、お二人に会いたいとのことです」


翌日、ロランとエレンは評議会の本部へと向かった。 そこは中央銀行さえも凌駕する、贅沢を尽くした空間だった。


「よく来てくれた」


応接室で待っていたマーカスは、穏やかな笑みを浮かべていた。 自ら紅茶を淹れ、二人に勧める。


「まず、礼を言わせてほしい。君たちのおかげで、我々はボルドーという膿を出し切ることができた」 「いえ、私たちはただ……」


謙遜しようとするロランを、マーカスが鋭い視線で制した。


「君はこの街を救ったのだよ、ロラン・フォン・アシュベル。君が不正を暴かなければ、いずれエモンは再起不能な破滅を迎えていたはずだ」


マーカスは紅茶を一口啜り、本題を切り出した。


「単刀直入に言おう。君に、エモン中央銀行の再建を主導してほしいのだ」 「……私が、ですか?」 「そうだ。君には数字を読み解く才能がある。そして何より、私利私欲に走らない『公正さ』がある。今のエモンには、君のような人間が必要なのだよ」


破格の条件だった。 エモンの経済の中枢を担う。それは、数えきれない富と権力を手にするということだ。


だが、ロランの答えは決まっていた。


「申し訳ありませんが、お引き受けできません」 「ほう……理由は?」 「私には、果たすべき目的があります。アルベルト様を、正当なる王として玉座へ導くことです」


ロランは真っ直ぐに、マーカスを見据えた。 老商人は一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて愉快そうに笑った。


「忠義、か。よかろう。無理強いはせんよ。だが、もし困ったことがあればいつでも私を頼るがいい。エモンは、君の味方だ」


     *


評議会本部を出ると、夕暮れの風が街を吹き抜けていった。


「良かったんですか? あの申し出を断って。莫大な利益を生みましたのに」


並んで歩くエレンが、呆れたように、けれど少し嬉しそうに言った。


「……金よりも大切なものがある。ただ、それだけですよ」


その日の夕方。 ローウェル商会に、一通の手紙が届いた。 差出人は――投獄された、ボルドー・フォン・グラント。


エレンはその手紙を開き、一読して、無造作に破り捨てた。


「……許しませんわ」


その声は、震えていた。 手紙には、過去の罪への謝罪と、減刑を願う見苦しい懇願が綴られていたのだという。


「父がどれほど懇願しても、あなたは笑って踏みにじった。……だから、私もあなたの声は聞きません」


エレンの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 それは悲しみではなく、長く苦しい復讐を終えた者にしか流せない、熱い雫だった。


「エレンさん……」 「ロラン、ありがとう。あなたのおかげで、ようやく父の時計が動き出しましたわ」


エレンは、最高の笑顔で微笑んだ。


その夜。 ロランは一人、自室の鏡の前に立っていた。 ふと、違和感に気づき、鏡を覗き込む。


自分の肌。 着ている服。 そこにあるはずの色彩が――ひどく、薄い。


「色が……」


窓の外を見た。 夕闇に灯る街の明かり。 かつては暖かなオレンジ色に見えたはずの光が、今はくすんだ灰色に沈んでいる。


運河の水も、石造りの街並みも。 世界から、鮮やかさが奪われていく。


(これが、タクティカル・ビューの代償……)


色覚の大部分が、失われていた。 もう、世界はモノクロームの静寂に包まれようとしている。


それでも。 ロランは、灰色の暗闇の中で、静かに拳を握った。


たとえ、すべてが白黒の世界になったとしても。 この戦いを、最後まで見届ける。 守るべき仲間たちが、光の中にいる限り。




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