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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第3章:経済という戦場

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第20話:金貨の真実


決戦の朝が、来た。


ロランは、いつもより早く目を覚ました。 窓の外は、まだ薄暗い。 だが、エモンの街はすでに胎動を始めていた。


運河を行き交う船。開店準備を急ぐ商人たちの喧騒。 この街は、眠らない。


ロランは鏡の前に立ち、己の顔を見つめた。 頬は少しこけ、目の下には濃いくまができている。 そして――瞳の色が、わずかに濁っている気がした。


(代償、か……)


そっと、目を閉じる。 『タクティカル・ビュー』を起動するたび、自分の中から何かが失われていく。 それはもう、逃れられない運命なのだろう。


だが。 今日、ボルドーを倒す。 そのためなら、この身に払う代償など安いものだ。


ロランは部屋を出て、食堂へと向かった。 そこには、すでに仲間たちが集まっていた。 アルベルト、エレン、リーナ。そしてハンスとガルド。


「おはよう、ロラン」


アルベルトが、頼もしい笑みを浮かべて迎えてくれる。


「今日は、大事な日だね」 「ええ」


ロランは席に着いた。 ガルドが作った朝食。温かいスープと、焼きたてのパン。 だが、ロランはその匂いを、ひどく遠いもののように感じた。


(また、か……)


いや、今は気にしている場合ではない。 ロランはスープを口に運んだ。 温かさだけは、伝わってきた。


「主様」


リーナが、心配そうにロランを覗き込んでくる。


「大丈夫?」 「ええ。大丈夫ですよ」


ロランは無理に口角を上げた。 リーナは――何かを察したようだったが、それ以上は何も言わなかった。


「さて」


エレンが立ち上がり、卓上の地図を広げた。


「計画の最終確認です。午前十時、私たちは中央銀行へ向かいます」 「持参するのは、紙幣四百枚分。これをすべて金貨に換えるよう要求します」 「ボルドーは拒否するでしょう。そして――」


エレンの瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く光る。


「その瞬間、彼の嘘は白日の下にさらされます」 「でも、それだけでいいのか?」


ハンスが首を傾げた。


「ボルドーが『一時的に金貨が不足しているだけだ』とか言い訳したら?」 「その可能性もあります。だから――」


ロランが言葉を引き継ぐ。


「『証人』が必要なんです」 「証人?」 「ええ。エモン中の商人たちを、中央銀行の前に集めます」


ロランは淡々と、追い詰めの盤面を説明した。 彼らの目の前で、ボルドーが金貨を出せない事実を突きつける。 そうなれば、どんな言い訳も通用しない。


「すでに、手は打ってありますわ」


エレンが不敵に微笑み、一枚のメモを見せた。 昨夜のうちに、街中の商人に噂を流したのだという。 『明日の午前十時、中央銀行で大事件が起きる』と。


「おいおい……」


ハンスが呆れたように肩をすくめた。


「そんな噂を流したら、パニックになるんじゃねえか?」 「それが狙いです」


エレンの冷徹な笑み。 商人たちは好奇心に駆られて集まり、そして目撃者となる。 完璧な舞台装置だった。


     *


午前十時。 中央銀行の前には、黒山の人だかりができていた。 商人、両替商、預金者たち。 誰もが、何かが起きるという予感に怯え、期待していた。


「なんだ、これは……! なぜこんなに人が集まっている!」


銀行の警備員が困惑し、叫んでいる。 そこへ、ロランたちが姿を現した。


アルベルトを先頭に、ロラン、エレン、リーナ。 その後ろには、武装した二十名の兵士が控えている。 ロランの手には、紙幣が詰まった重厚な革袋があった。


「通してください。中央銀行に、取引の用事があります」


ロランの静かな、だが通る声。 アシュベル独立連隊。 いまや街で知らぬ者のいない、あの『無能者』たちの集団だ。


「わ、わかりました。どうぞ……」


警備員が気圧されるように道を開ける。 ロランたちは、銀行の内部へと足を踏み入れた。


豪華な大理石の床。金箔が施された装飾。 富と権力の象徴のような空間。 だが、その奥にあるのは虚飾だけだ。


受付の女性職員が、顔を引きつらせて問いかける。


「いらっしゃいませ……ご用件は?」 「ボルドー頭取に会いたい。予約はないが、急用です」


ロランは革袋をカウンターに置いた。 ずしりと重い音が響く。


「この紙幣を、すべて金貨に換えたい」 「す、すべて……ですか?」


職員の顔から血の気が引いた。 彼女は奥へ走り、数分後――苛立ちを隠せないボルドーが現れた。


「貴様らか……!」


太った体を豪華な服に包み、ボルドーがロランを睨みつける。


「アシュベル独立連隊。何の用だ」 「取引ですよ」


ロランは冷ややかに言い放ち、革袋を指し示した。


「この紙幣を、金貨に換えていただきたい」 「ふん。紙幣を金貨にだと?」


ボルドーは鼻で笑った。


「ええ。エモン紙幣は、いつでも金貨と交換できるはずだ」 「……」


ボルドーの眉間が、わずかにぴくりと動く。


「いくらだ」 「紙幣四百枚分。つまり、金貨四千枚です」


その瞬間、銀行内が凍りついた。 金貨四千枚。 それは、一介の商人が動かせる額を遥かに超えている。


「ふざけるな!」


ボルドーが吐き捨てるように怒鳴った。


「そんな大量の金貨、今すぐ用意できるわけがないだろう!」 「……では、できないということですか?」 「当然だ! 金貨は保管庫の奥にある。運び出すだけでも一週間はかかる!」


ボルドーの答えを聞き、ロランは薄く唇をゆがめた。


「一週間……。それはおかしいですね」 「何がおかしい!」 「エモン紙幣の約款には、こう記されているはずだ」


ロランは懐から、古びた、しかし有効な約款を取り出した。


『本紙幣は、中央銀行においていつでも金貨と交換可能である』


「『いつでも』です。一週間後ではない」 「貴様……ッ!」 「つまり、あなたは今、約款に違反している」


ロランの言葉が、ボルドーを突き刺す。


「ふざけるな! これは業務上の都合だ!」 「いいえ。違います」


ロランは断定した。


「これは、金貨不足だ」


周囲の職員たちが息を呑む。 金貨不足――銀行にとって、死の宣告に等しい言葉。


「貴様……何を根拠に……!」 「根拠なら、あります」


ロランは集中力を高め、『タクティカル・ビュー』を強制起動させた。 視界が青い幾何学模様に塗り潰され、脳が焼けるような熱を帯びる。


過去の取引データ、両替商の在庫推移、流通する紙幣の総量。 それらすべての「変数」が、一瞬で演算されていく。


答えは出た。


「ボルドー頭取。あなたが発行した紙幣の総量は、金貨換算で五十万枚」 「だが――」


ロランは、逃げ場のない真実を突きつけた。


「保管庫にある金貨は、三十万枚しかない」


ボルドーが、絶句した。


「な……何を……」 「二十万枚分の紙幣は、金貨の裏付けがない。これは、ただの詐欺です」


ロランの声が、ホールに響き渡る。 その瞬間だった。


外で待機していた商人たちが、堰を切ったように銀行内へなだれ込んできた。


「本当か!? 金が足りないって!」 「俺の紙幣も、紙切れになるのか!?」


パニックの連鎖。 ボルドーは顔面を蒼白に染め、後退りした。


「ま、待て……誤解だ! 策謀だ!」 「誤解ではありません」


エレンが前に出た。手にはローウェル商会が独自に調査した帳簿の写しがある。 公表されている保有量と、実際の取引記録の矛盾。 それは、ボルドーが手を染めた不正の動かぬ証拠だった。


「ふざけるな!」 「俺たちを騙したのか!」


怒号が飛び交う。 ボルドーは完全に追い詰められた。


銀行の外からも、さらなる群衆が押し寄せる。 商人だけではない。噂を聞きつけた市民たちまでもが、怒りに震えて叫んでいた。


「金貨を返せ!」 「紙幣はゴミなのか!?」


ロランはその喧騒を、冷徹な目で見つめていた。 計画通りだ。 エモン紙幣への信用は地に落ち、ボルドーの牙城は崩れた。


だが。 ふと、違和感に気づく。


怒り狂う群衆の服の色が、薄い。 鮮やかだったはずの赤が、青が、まるですりガラスを通したように灰色に沈んでいく。


(また、色が消える……)


目をこすっても、色彩は戻らない。 世界が、無機質なモノクロームに浸食されていく。


それでも、ロランは止まらなかった。 ボルドーに向き直り、とどめの一撃を放つ。


「ボルドー頭取。最後に聞きます。私の紙幣を、金貨に換えられますか?」


ボルドーは、がっくりと膝をついた。 唇を震わせ、かろうじて絞り出した言葉は。


「……できない」


その一言が、エモン経済の終焉を告げる合図となった。 商人たちの絶望した叫びが、屋根を震わせる。


ロランは静かに革袋を回収した。


「わかりました。では、これは不履行の証拠として保管します」


仲間に合図を送り、銀行を後にする。 外には、数千の群衆。 ロランは彼らの前で、高く、鋭く声を張り上げた。


「皆さん、聞いてください! 中央銀行は破綻しました! ボルドーは、私たちを騙していた!」


ざわめきが、地鳴りのような咆哮に変わる。


「だが、私たちはこの街を見捨てない! 真実を暴き、新しい秩序を打ち立てる! 力を貸してほしい!」


「「「おおおおお!」」」


熱狂的な歓声が、ロランを包む。 第一段階は完了だ。 次は、ボルドーを完全に排除し、この街の再建に着手する。


そのためには――。


(もう一度、使うしかないか)


脳を焼くような感覚。 失われていく色彩。 代償の重さを噛み締めながら、軍師は次の策を練り始めた。





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