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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第1章:追放の烙印

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第2話:死地の砦


馬車が王都を出発して、五日。  街道沿いの景色は、日を追うごとに荒涼としたものへと変貌していった。


 豊かな麦畑はいつしか姿を消し、代わりに広がるのは岩だらけの荒野。  険しくそそり立つ山々を背に、空の色さえも濁った灰色に沈んでいる。


 ここが、レガリア王国の北境。  最前線という名の、国家の「端」だった。


 馬車内の空気は、日増しに重苦しくなっていく。  同乗していた兵士たちは、もはや誰も口を開かない。  全員が、自分たちが送り込まれる先の「運命」を悟っているようだった。


 そして――六日目の夕刻。


「着いたぞ。さっさと降りろ」


 御者の無愛想な声と共に、馬車が停まった。  ロランは僅かな荷を手に、外へと降り立つ。


 視界に飛び込んできた光景に、ロランは思わず息を呑んだ。


 断崖絶壁にへばりつくように築かれた、巨大な石造りの要塞。  ――アイギス砦。


 黒ずんだ城壁の至る所に、激しい戦闘の痕跡である亀裂や焦げ跡が刻まれている。  見張り塔の上に立つ兵士たちは、例外なく疲れ果て、死んだ魚のような目で荒野を睨んでいた。


その向こう。 北の地平線の先には、バルムンク帝国の領土が広がっている。


(…… 来るな)


 ロランの視界に、ふわりと青い光のグリッドが浮かび上がった。  『タクティカル・ビュー』の起動だ。


 風速、気温、湿度、地形データ。  それらに混じって、北から流れてくる「鉄と火薬の匂い」を脳が演算する。


 帝国軍は、そう遠くない場所に潜んでいる。  脳内の戦術視界が、無意識のうちに警告のパルスを発していた。


「おい、新兵ども! ノロノロするな、中に入れ!」


 砦の門から、荒々しい怒声が飛んできた。  ロランは重い鉄の門をくぐり、要塞の内部へと足を踏み入れる。


 そこは、想像を絶する劣悪な環境だった。  石畳には拭いきれない血の染みがこびりつき、壁には無数の刀傷。  空気は澱み、カビと腐敗臭が混ざり合った悪臭が鼻を突く。


 兵士たちは壁に寄りかかり、あるいは地べたに座り込み、ただときが過ぎるのを待っている。  希望なんて言葉は、この砦のどこを探しても見つからそうになかった。


「…… 新兵か」


声をかけてきたのは、四十代ほどの痩せた男だった。 顔を横切る古い傷跡。 左目は白く濁っている。


「俺はハンス。この砦の…… まあ、『生き残り』の一人だ」


ハンスと名乗った男は、自嘲気味に口角を上げた。 「お前ら、運が悪かったな。ここは地獄だぞ。 まともにやり合えば、一週間も持ちゃしねえ」


「…… そんなに、ひどいんですか」 ロランの隣にいた若い兵士が、震える声でこぼした。


「ああ。物資は届かねえ、武器はボロボロ、医者もいねえ。 そこへ帝国軍が定期的に挨拶に来やがる」 ハンスは親指で、砦の奥にある豪奢な扉を指した。 「そして何より――ここの指揮官が『アレ』だからな」


「新兵どもか!」


 ハンスの言葉を遮るように、一人の男が現れた。  金糸をふんだんに使った軍服に身を包んでいるが、突き出た腹のせいで威厳は台無しだ。  腰に下げた剣の柄には、うっすらと埃が積もっている。


ギルマー男爵。 アイギス砦の守備隊長。 典型的な、無能な貴族。


「貴様ら、よく聞け! この砦を守るのは貴様らの義務だ! 命を惜しむな! 王国のために華々しく散るのだ!」


 ギルマーは一方的に喚き散らした。  その瞳は、兵士の一人ひとりを見てはいない。  ただ、自分の権威を誇示することだけに酔いしれている。


ロランは冷ややかに、その男を観察していた。 戦術の理解は皆無。 兵を駒としてすら見ていない。 ただの「肉の壁」として、使い捨てるつもりなのだ。


「――以上だ! 持ち場につけ!」


 ギルマーはそれだけ言い捨てると、さっさと豪華な私室へと戻っていった。


案内された寝床は、砦の最下層。 城壁に最も近く、敵の攻撃を真っ先に受ける「死の区画」だった。 石の床に、薄汚れた毛布が数枚。 それだけが、彼らに与えられたすべてだ。


「…… ここで、寝るのかよ」 誰かが絶望的に呟く。


「ああ。俺たちは『使い捨て』だからな」 ハンスが吐き捨てるように言った。 「ギルマー男爵にとって、お前らはただの盾だ。敵が来たら前線に放り込み、その間に自分だけ逃げ出す。 それがアイツのやり方さ」


「そんな……」


「生き延びたければ、自分の頭を使え。命令を鵜呑みにするな。 逃げろ、隠れろ。 それがここでの唯一の戦い方だ」


 新兵たちが絶望に沈む中、ロランだけは違った。


 その瞳の奥では、すでに膨大な演算が始まっている。  砦の構造、兵の配置、残存物資、敵の進軍ルート。  あらゆるデータが、青い光のグリッドとなって整理されていく。


(このままでは、全滅する)


 それは、導き出された冷徹な数学的事実。  だが――。


(全滅を回避する『解』は、存在する)


 ロランの瞳に、僅かな光が宿った。


 その夜。  ロランは一人、砦の見張り台に上った。  誰もが疲れ果てて眠り、彼を咎める者さえいない。


 夜空を見上げる。  この世界には、星の並びで未来を占う『星読み』が存在するが――ロランにとって、星は占いの道具ではない。  それは座標であり、時間であり、気象変動を予測するための完璧な指標だった。


「…… 誰だ」


 背後から、不意に声をかけられた。  振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。


 金色の髪に、透き通るような碧い瞳。  着ている服こそ汚れているが、その立ち姿には隠しきれない気品が宿っている。


(マナの波動……? ) ロランは眉をひそめた。 この青年からは、微かだが強固な魔力を感じる。 だが、その波動はひどく不安定だ。 まるで、内側から「毒」に侵されているかのような――。


「君も、新兵かい?」  青年が、穏やかな口調で尋ねてきた。


「…… ええ。 あなたは?」


「僕も同じだよ。ここに送られた『不要な者』の一人さ」  青年は自嘲気味に笑った。  その笑顔には、どこか深い孤独が滲んでいる。


「僕はアルベルト。君は?」


「ロラン。ロラン・フォン・アシュベルです」


「アシュベル…… あの、重力魔法の公爵家か」 「もう関係ありません。追放されましたから」


ロランの言葉に、アルベルトは驚いたように目を見開いた。 だが、すぐに柔らかな表情を戻す。 「そうか。…… 辛かっただろうね」


「慣れています」


「強いんだね、君は」  アルベルトは夜空を見上げた。 「僕は、弱い。だから、ここに捨てられたんだ」


 その声に含まれた悲しみに、ロランは何も答えなかった。  この青年が、後に自らの運命を大きく変えることになる「亡命王子」だとは、まだ知る由もない。


 二人はしばらく、無言で星を見上げていた。


 不意に、北の地平線で赤い光が瞬く。  帝国軍が焚く、不吉な篝火かがりびだ。


「…… 明日、来るかもしれないね」 アルベルトがポツリと呟いた。


「ええ。十中八九」  ロランは冷静に、事実だけを述べる。


 そして、心の中で静かに誓った。


(僕は、ここでは死なない) (そして――隣の、この青年も死なせない)


 なぜ、そう思ったのか。  冷徹な演算を旨とするロラン自身にも、その理由はわからなかった。


 だが、ロラン・フォン・アシュベルの真の物語は。  この「死地の砦」から、確かに動き始めたのである。


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