表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第3章:経済という戦場

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/27

第18話:数式が示す真実


中央銀行付近での潜入が失敗に終わってから、二日が経過した。


 ロランは、エレンの執務室で机にかじりついていた。  広げられた帳簿と計算用紙。そこには狂気じみた密度の数式が書き連ねられている。


「くそっ……」


 ロランは、珍しく剥き出しの悪態をついた。  ペンを叩きつけ、髪を掻き乱す。


「何か、決定的な『変数』があるはずなんだ。ボルドーという怪物を、一撃で仕留めるための隙が……」


 エレンは、かける言葉を見つけられず、ただ静かにロランを見守っていた。  投資家としての冷静さを保とうとしているが、彼女の瞳にも焦燥の色が混じっている。


「ロラン。少し、休んだらどうですか?」


「休んでいる時間などありません。資金は、あと十二日で尽きる」


 ロランは椅子を蹴るようにして立ち上がった。  だが、その瞬間に膝が折れる。


「――っ」


「無理をしすぎです」


 エレンが咄嗟に駆け寄り、ロランの額に手を当てた。


「酷い熱……。また、脳がオーバーヒートしているわ」


「……大丈夫です」


 ロランはエレンの手を振り払った。  だが、その視界が不自然に揺らぐ。


 ――まただ。


 エレンの鮮やかな赤い髪が、色褪せ、濁った灰色へと変わっていく。  世界から、鮮やかさが奪われていく感覚。


 ロランは強く目を閉じ、深く呼吸を繰り返した。  数秒後、ようやく色は戻ったが、心臓の鼓動は早鐘のように打ち鳴らされている。


「ロラン?」


「……少し、外の空気を吸ってきます」


 心配するエレンを背に、ロランは逃げるように執務室を飛び出した。


 ◇


 エモンの街は、相変わらず活気に満ちていた。  運河を行き交う小舟、商人たちの怒号のような呼び込み。


 ロランは目的もなく、ふらふらと雑踏を歩く。  熱を帯びた脳を冷やすには、この喧騒さえも遠くの波音のように感じられた。


 不意に、ロランの足が止まった。  運河沿いにある、一軒の両替商の前だ。


『金貨・紙幣 交換手数料無料キャンペーン中!』


 そんな看板の前には、不自然なほどの長蛇の列ができていた。


「おい、本当に金貨に換えてくれるんだろうな?」 「ああ、今のうちに現物を握っておかないと安心できねえよ」


 並んでいる人々から漏れる、さざ波のような不安の声。  ロランは、その会話に全神経を集中させた。


「お前、知らないのか? 噂だが……エモン中央銀行の地下金庫は、実はもう空っぽだって話だ」 「まさか、ボルドー様がそんなヘマをするはずが……」 「いいや、最近の発行枚数は異常だ。信用できるかよ、あんな紙切れ!」


 脳内で、バラバラだったパズルが凄まじい速度で組み上がっていく。


(そうか……。これだ。これこそが『変数』の正体……!)


 ロランは熱さを忘れ、全速力で商会へと引き返した。


 ◇


「エレンさん! 方法が見つかりました!」


 執務室のドアを乱暴に開け、ロランが叫ぶ。


「街の人々は、もう本能的に気づき始めている。エモン紙幣が、ただの『偽りの信用』でしかないことに!」


 ロランは地図を広げ、街中にペンで印を打っていく。


「両替商に列ができています。これは、紙幣の価値が暴落する前触れだ」


「でも、まだ決定的な破綻は起きていませんわ。中央銀行の権威は健在よ」


「だから、解析するんです。市場マーケットという名の戦場を」


 ロランは瞳を青く光らせた。  『タクティカル・ビュー』――全面起動。


 ハンスとリーナを呼び、ロランは指示を飛ばす。


「エモン中の両替商を回ってください。金貨と紙幣の『裏の交換比率』。表向きのレートではなく、商人が実際に要求しているリアルな数字を、一刻も早く!」


 ◇


 夕刻。  ハンスたちが持ち帰ったデータが、ロランの脳内で数式へと変換される。


「見てください、エレンさん。これが『真実』です」


 ロランが描き出したグラフは、無慈悲な右肩上がりを描いていた。


「北部の商業街では、金貨一枚に対し紙幣十一枚。東部の倉庫街では十二枚、南部では十三枚……。紙幣の価値が、公定レートを無視して日々削られている」


「……この傾向、あまりに早すぎるわ」


「ええ。そして、この傾向から導き出される『Xデー』は――」


 ロランの瞳が、冷徹な計算結果を突きつける。


「あと五日・・・。五日後、市中の両替商から金貨の在庫が完全に消滅します」


「在庫が消える……。それが何を意味するか、分かっているの?」


「パニックです。金貨に換えたくても換えられない。そうなれば、紙幣への信用は一晩でゼロになる。エモン全土を巻き込む『取り付け騒ぎ』の発生です」


 エレンは、少年の予測に戦慄を覚えた。  目の前の少年は、一滴の血も流さず、この巨大な都市の心臓を止めようとしている。


「ボルドーは言い訳をするでしょう。一時的な混乱だと。……だから、僕たちが止めを刺す(・・・・・・)」


 ロランは新しい図面を引き、新たな計画を構築する。  必要な人員、タイミング、そして群衆の心理。  すべてが青いグリッドの中で、精密な歯車のように噛み合っていく。


「五日後、僕たちはかき集めた紙幣を持って、中央銀行の本店へ乗り込みます。そして――目の前で、全額の金貨交換を要求する」


「……ボルドーは拒否するわね。そんな予備の金貨、あそこにはないはずだもの」


「ええ。その『拒否した瞬間』を、エモン中の商人と民衆に見せつける。王者の嘘が剥がれ落ちる、決定的な瞬間を」


 エレンは、ロランの恐ろしさに身体を震わせた。  だが、その震えは恐怖だけではない。  目の前の「投資対象」が、世界を塗り替えようとしていることへの、狂おしいほどの期待。


「……やりましょう。ローウェル商会の全権を、あなたに預けるわ」


「ありがとうございます。必ず、彼をゼロにします」


 ◇


 その夜。  一人残った執務室で、ロランは窓の外を見つめていた。


 美しく輝く水の都の夜景。  だが――やはり、色は淡い。  オレンジ色の灯火は死んだような灰色に沈み、世界の輪郭がぼやけている。


「……ふふ」


 ロランは自嘲気味に笑った。  代償は重い。タクティカル・ビューを酷使するたび、自分の中から「生」の色彩が失われていく。


 いつか、真っ白な闇の中で、数式だけを数え続けるだけの存在になるのかもしれない。


 だが、後悔はなかった。


「計算は、終わった……」


 灰色の世界で、ロランは静かに目を閉じた。  五日後。  金の亡者たちが支配するこの都で、数式という名の刃が、偽りの王の首を撥ねる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ