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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第2章:絶望の砦防衛戦

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第14話:水の都の歓迎


自由都市エモンの城門をくぐった瞬間、ロランは息を呑んだ。


 目の前に広がっていたのは――見渡す限りの「水路」だった。  街全体を網の目のように運河が走り、建物は水面に浮かぶように建ち並んでいる。  一階部分はそのまま船着き場となり、大小様々な小舟がひっきりなしに行き交っていた。


「新鮮な魚だよ! 今朝上がったばかりだ!」 「極上の絹織物! 王都の半値でどうだい!」 「西方の香辛料! 一嗅ぎで病も治るよ!」


 商人たちの野太い声が、水面に反響して街全体に響き渡る。  溢れんばかりの活気。  それが、ロランが感じたこの街の第一印象だった。


「驚きましたか?」


 隣で馬車を操るエレンが、誇らしげに微笑む。


「ええ……。こんな街、見たこともありません」


ロランは正直な感想を漏らした。 王都ルミナスは「空」の都だ。 浮遊石と魔法を用い、美しく装飾された空中庭園が立ち並ぶ、優雅な貴族の街。 だが、ここエモンは「水」の都。 徹底した実用性と効率、そして欲望が渦巻く、商人の街だ。


「エモンは大陸の心臓です。この運河を通じて、世界中の物資、そして金と情報が集まる。 …… 我々が逆襲を始めるには、これ以上ない舞台でしょう?」


 アルベルトもまた、子供のように目を輝かせていた。


「すごいな……。魔法の力を使わず、これほどの文明を築き上げるとは」


 一行が運河沿いを進む中、銀狼族の少女リーナが、ふんふんと鼻を動かした。


「…… 匂い、いっぱい」


「何の匂いがしますか?」


 ロランが尋ねると、リーナは少しだけ眉をひそめた。


「魚、スパイス、大勢の汗。…… それと、金属かねの匂い。 そこら中に、いっぱい満ちてる」


 リーナの鋭い嗅覚が、この街の本質を射抜いていた。  ここは、金の街なのだ。



 やがて独立連隊は、街の中心部に聳え立つ重厚な石造りの建物の前に到着した。  正面には、巨大な看板が掲げられている。  『ローウェル商会 エモン本部』


「ここが私の城です。みなさんには当面、ここを拠点として使っていただきます」


「こんな立派な場所を……。本当にいいのかい?」


 アルベルトの問いに、エレンは眼鏡の奥の瞳を細めた。


「ええ。言ったはずですよ。 これは『投資』ですから」


 建物に入ると、執事風の老人が一糸乱れぬ動きで出迎えた。


「お帰りなさいませ、エレン様。客室百名分、および食事の手配は完了しております」


「流石ですね、セバスチャン。みんな、まずは泥を落としてゆっくり休んでください」


 手際の良さに、ハンスやガルドといった無骨な兵士たちも圧倒されている。  豪華な絨毯が敷かれた二階の応接室に通されると、ハンスなどは落ち着かない様子でソファーの端に腰を下ろした。


「おいおい……。俺みたいなドブネズミが座っていい場所じゃねえぞ、ここは」


「気にしないでください。これからはここが、あなたたちの家になるのですから」


 エレンは優雅な所作で紅茶を淹れ、テーブルに一枚の紙を置いた。  精巧な文様が印刷された、見たこともない不思議な紙だ。


「ハンスさん、これが何か分かりますか?」


「あぁ? ただの紙切れだろ?」


「いいえ。これは『エモン紙幣』。 この一枚で、金貨十枚分の価値があります」


「はぁッ!? 紙が金貨十枚分だって? 冗談はやめろよ、そんなの誰が信じるんだ」


ハンスの驚きは、この世界の常識そのものだった。 価値とは、金や銀そのものにある。 それがこれまでのことわりだ。


「『信用』が、価値を生むのです」


 エレンはロランを見つめた。


「エモン中央銀行が、同額の金貨を保管しているという保証。いつでも金貨に替えられるという信用が、ただの紙を宝に変える。 …… ロランさん、あなたならこの面白さが分かるでしょう?」


「…… 魔法よりもずっと、強力な力ですね」


 ロランは静かに頷いた。  実体のない「信用」を数字に変換し、世界を動かす。  それは、彼が戦場で計算してきた物理法則にも似た、冷徹なシステムだった。



「さて、現状を整理しましょう」


 エレンが地図を広げる。


「独立連隊の維持費は、月に銀貨千枚。商隊の護衛、倉庫の警備、あるいは密輸団の摘発……。 エモンには武力を必要とする仕事が山ほどあります。 いわば、あなたたちには『傭兵』として稼いでもらうことになります」


「傭兵、か。望むところだぜ」


 ハンスがニヤリと笑う。


「ただし、普通の傭兵ではありません。あなたたちには、ロランという『計算機チート』がいる。 …… 他者が十日かける仕事を、あなたたちは一時間で終わらせる。 そうやって、この街のルールを上書きしていただくんです」


 その夜。  ロランは割り当てられた自室で、窓の外を眺めていた。  夜の運河を小舟の灯火がゆっくりと流れ、建物の窓からは暖かい光が漏れている。


 コンコン、と扉がノックされた。


「主様、寝ないの?」


入ってきたのはリーナだった。 彼女はロランの隣に立ち、窓の外を見つめる。


「…… 綺麗」


「ええ。王都とは、また違う美しさですね」


 同意しながらも、ロランは微かな不安を覚えていた。  視界の端が、また僅かに色を失っている。  夜景の光が、まるでモノクロ映画のように淡く、現実味を失っていく。


(オーバーヒートの反動が、まだ残っているのか……? )


 それをリーナに悟らせないよう、ロランは努めて穏やかな声を出す。


「主様、ここ、好き?」


「まだ分かりません。ですが、可能性を感じます。 ここなら、僕たちのような『持たざる者』でも戦える」


「…… 私も、主様がいれば、どこでも大丈夫」


リーナはロランの袖をぎゅっと掴んだ。 その手の温もりが、消えゆく色彩の中で唯一の「確か」なものに感じられた。



 翌朝。  一行はエレンの案内で、小舟に乗って街の視察に出た。


「あれが、エモン中央銀行です」


 エレンが指差したのは、神殿のような威容を誇る巨大な石造建築だった。


「大陸中の金が吸い込まれ、吐き出される心臓部。あの中に、エモンを支配する九人の大商人――『九商会長』がいます」


エレンの瞳に、鋭い野心の火が灯った。 いつか、あの頂点に立ち、この不平等な世界を買い叩いてやる。 そんな意志が伝わってくる。


「エレンさん。あなたの本当の目的は、何ですか?」


 小舟に揺られながら、ロランが尋ねた。  エレンはロランを振り返り、悪戯っぽく、けれどどこか冷徹に微笑んだ。


「決まっています。あなたと同じですよ」


「僕と同じ……?」


「ええ。この腐りきった世界を、根底から作り変えること。 …… 魔法や血筋ではなく、『ことわり』と『金』が支配する新世界を作る。 それが私の戦いです」


 エレンはロランに右手を差し出した。


「一緒に戦いましょう、ロラン。あなたが戦術で敵を討ち、私が金で世界を従わせる。 …… これほど愉快な投資は他にありません」


 ロランはその手を、静かに、けれど力強く握り返した。


「ええ。僕も、あなたの演算を信じます」


 水の都エモン。  金と欲望が渦巻くこの街で、独立連隊の新たな、そして最も過酷な「経済戦」の幕が上がった。


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