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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第2章:絶望の砦防衛戦

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第13話:独立への誓い


エレンが物資を届けてから、一週間が経過した。


 アイギス砦は、見違えるほど活気づいている。  城壁の修復は完了し、支給された最新の武器が鈍い光を放ち、兵士たちのボロボロだった装備も一新された。


 そして――砦の頂には、新しい旗が風にたなびいている。  黄金の双頭鷲と、青い剣を組み合わせた紋章。  『アシュベル独立連隊』の誕生を告げる旗印だ。


 ロランは、執務室でエレンと向き合っていた。  テーブルの上には、山のような帳簿と地図が広げられている。


「…… さて、ロランさん。 現実の話をしましょう」


 エレンがパチパチと小気味よい音を立てて算盤そろばんを弾く。


「この砦の維持費、兵士百名の給与、そして食費。これらを合計すると、最低でも月に銀貨千枚・・・・が必要です」


「銀貨、千枚……」


 ロランは思わず額を押さえた。  一介の「零級者」として蔑まれてきた彼にとって、それは天文学的な数字に感じられた。


「当面は我が商会が立て替えますが、これはあくまで『投資』。いずれは自立していただかないと、私も株主に示しがつきません」


「自立……。自分たちで稼ぐ、ということですね」


「ええ。幸い、あなたたちには『武力』がある。 街道の警備を請け負うもよし、商会の護衛を引き受けるもよし。 …… まずは、この立地の悪い砦を出て、経済の網の目に入る必要があります」


 エレンは眼鏡のブリッジを押し上げ、地図上の一点を指差した。  自由都市エモン。  そこが彼らの、次なる戦場になる。



 その日の午後。  ロランは全兵士を中庭に集めた。


百名の兵士たちが、一糸乱れぬ動きで整列する。 その顔に、かつての絶望はない。 あるのは、自分たちが歴史を塗り替えたという誇りと、未来への決意だ。


「みなさん」


 ロランが前に出ると、中庭が静まり返る。


「この砦で、僕たちは共に死線を越えました。ですが、ここがゴールではありません。 これからが本当の戦いです」


「サー!」


 一人の兵士が声を上げた。


「俺たちは、これからどこへ向かうんですか?」


「この砦を出ます。自由都市エモンへ。 そこで僕たちの拠点を築き、力を蓄えます」


 兵士たちがざわめく中、アルベルトが静かに一歩前に出た。  彼は腰の剣を抜き、高く掲げる。


「みんな、聞いてくれ。我々はもはや、王国の駒ではない」


 アルベルトの声は、以前よりも深く、王としての威厳を帯び始めていた。


「我々は独立連隊だ。誰にも縛られず、己の意志で戦う。 だが、我らには果たすべき大義がある」


 アルベルトは兵士たち一人一人の目を射抜くように見つめた。


「血統や魔力で人を踏みにじる、この歪んだ国を変える。人としての価値で評価される、新しい国を作る。 …… それが、我ら独立連隊の戦いだ!」


 静寂。  そして――。


「応よッ!」


 ハンスが拳を突き出し、叫んだ。


「俺はどこまでもついていくぜ、アルベルト様!」


「俺たちもだ! 独立連隊、万歳ッ!」


 怒号のような歓声が、アイギス砦の空を震わせた。



 その夜。  ロランは城壁の上で、一人星空を見上げていた。


「主様」


 影から溶け出すように、リーナが現れた。


「また、一人で考えてる」


「ええ。明日のこと、これからのことをね」


 ロランは隣に並んだ少女を見つめる。


「リーナ。エモンに行けば、今まで以上に危険な目に遭うかもしれない。 …… それでも、ついてきてくれますか?」


「主様が行くなら、どこへでも行く」


 リーナは迷いなく、けれど慈しむような声で言った。


「主様がいない場所に、私の居場所はないから」


「ありがとう、リーナ」


「…… 主様」


 ふいに、リーナの手がロランの頬に触れた。  その指先は微かに震えている。


「最近、顔色がずっと悪い。目の色も…… 少し、透けてるみたい(・・・・・・・・)」


ロランは心臓が跳ねるのを感じた。 確かに、最近視界の端が欠けることがある。 世界から色彩が抜け落ち、モノクロの数式だけが浮かび上がる瞬間が増えている。


 『タクティカル・ビュー』による脳への負荷。  それは、確実に彼の「人間としての機能」を削り取っていた。


「大丈夫です。少し、疲れが溜まっているだけですよ」


「…… 嘘。 主様はいつも、そうやって一人で抱える」


 リーナはそれ以上追及せず、ロランの肩に頭を預けた。  その温もりだけが、今、自分を現実の世界に繋ぎ止めているような気がした。



 翌朝。  独立連隊は、ついにアイギス砦を出発した。


百名の兵士、十台の荷馬車。 規模は小さい。 だが、その足取りは地を踏みしめるたびに力強さを増していく。


「エモンまでは、順調にいけば十日ほどです」


 馬車の中で、エレンが地図を広げながら言った。


「道中、いくつかの村を経由します。補給はもちろんですが…… 目的はそれだけではありません」


「『噂』を広めるんですね?」


「ふふ、ご名答」


 エレンは愉しげに眼鏡を直した。


「『帝国軍を退けた英雄たち』という名声は、何よりの軍資金になります。民衆の支持という名の、目に見えない力。 それを今のうちに稼いでおきましょう」


 三日後。  一行は小さな農村に到着した。  当初は怯えていた村人たちも、ハンスたちの快活な態度と、アルベルトの気品ある振る舞いに、次第に心を開いていく。


「あんたたちが、あの帝国軍を追い払ったって本当かい?」


 村長が、信じられないといった様子で問いかける。


「ああ、本当だぜ。…… もっとも、この『軍師様』がいなきゃ、今頃俺たちは土の下だったがな」


 ハンスがロランの背中を叩く。  村人たちの視線が、ロランに集まった。


「魔力を持たない者が、帝国を……」


「ありがとうございます。…… ありがとうございます!」


 感謝の言葉。  蔑まれることに慣れていたロランにとって、その言葉は重く、そして誇らしかった。


 その夜、村ではささやかな宴が開かれた。  ガルドが村の女たちと料理を作り、兵士たちが子供たちと笑い合う。


 ロランはその光景を見ながら、エレンに問いかけた。


「…… 変えられるでしょうか。 この国を」


「わかりません。ですが、試す価値はある。 そうでしょう?」


 エレンは焚き火の炎を見つめ、静かに、けれど激しい怒りを込めて言った。


「才能があっても、血筋がなければ搾取され、捨てられる。そんな馬鹿げたことわりは、私たちがここで終わらせるんです。 …… あなたの『タクティカル・ビュー』なら、戦場だけでなく、この腐った国家の仕組みさえも解体できるはずよ」


ロランは、己の中に新たな火が灯るのを感じた。 投資対象として。 あるいは、同志として。


「ええ。エモンに着いたら、全力で計算を始めましょう」


 一週間後。  ついに地平線の向こうに、壮大な「水の都」が姿を現した。


巨大な城壁を縫うように走る運河。 無数の船が行き交い、金と情報が絶え間なく流れる巨大都市、エモン。


「あそこが…… エモン」


 城門をくぐるロランたちの目に飛び込んできたのは、王都をも凌ぐ熱狂と欲望の渦だった。


 アシュベル独立連隊。  彼らの本当の叛逆が、今、この都市から始まろうとしていた。


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