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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第1章:追放の烙印

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第1話:無能の烙印


アシュベル家の居城――鉄黒城アイアン・ブラック・キャッスル。  その謁見の間は、いつも重苦しい沈黙に支配されていた。


 分厚い石造りの壁。  天井から吊るされた、無骨な鉄製のシャンデリア。  そして、この空間を圧する圧倒的な「重さ」。


 比喩ではない。  文字通り、この部屋の空気は「重い」のだ。


 床に這いつくばる騎士たちの背が、激しく震えている。  その鎧は、目に見えない圧力によって、ギチギチと金属の悲鳴を上げながら変形していた。


 重力魔法。  アシュベル公爵家が誇る、特級の権能。


 この場にいるだけで、マナ(魔力)を持たぬ者は呼吸すら困難になる絶望の空間だ。


 だが、ロラン・フォン・アシュベルは立っていた。


 膝を折らず。  背筋を伸ばし。  ただ独り、平然と父の前に立っていた。


「…… ロラン」


 玉座から、低く冷たい声が降ってくる。


 アシュベル公爵家当主、アーサー・フォン・アシュベル。  漆黒の髪に、鋼のごとき灰色の瞳。  存在そのものが「力」を体現したような、大陸最強の重力使い。


「貴様の処遇について、決定を下す」


 ロランは答えない。  ただ、父の顔を見つめていた。


 十八年間、一度たりとも自分を「息子」として見なかった男の顔を。


「貴様は、我が家に不要だ」


 周囲の騎士たちが、微かに息を呑んだ。  玉座の脇では、兄のカインが愉悦に唇を歪めている。


「父上、ご英断です。あのような出来損ないにアシュベルの名を名乗らせるなど、家名の汚辱でしかありませんからね」


隠そうともしない、下卑げびた嘲笑。 それでも、ロランはカインを見ることすらしなかった。 視界に入れる価値すらない。 そう、脳が判断していたからだ。


「マナを持たぬ者は、アシュベルの血にあらず」


 アーサーの言葉が、判決文のように冷たく響く。


「お前を、王国北境・アイギス砦へ配属する。そこで戦い、泥をすすり、死ぬがいい。 それが、お前に残された唯一の価値だ」


 アイギス砦。  帝国との最前線であり、配属された兵士の平均寿命は三ヶ月。  「死地」と呼ぶにふさわしい場所。


 事実上の、処刑宣告だった。


「…… 承知しました」


ロランは、淡々と答えた。 感情は動かない。 怒りすら、とうの昔に枯れ果てている。


「出て行け」


 父の言葉と共に、部屋の重力が爆発的に増大した。  ロランの膝が、一瞬だけ激しく震える。


 だが、折れなかった。  彼は無言で背を向け、静かに謁見の間を後にした。


 誰一人、彼を止める者はいない。  ただ、巨大な扉が閉まる重厚な音だけが、虚しく響いた。


 城の廊下を歩きながら、ロランは自分の右手を見つめた。  魔法を紡げない、無価値な手。


 零級者ゼロ・ランカー。  アシュベル家に生まれながら、マナ回路を持たぬ「異端」への呼び名だ。


 幼い頃から、透明人間として扱われてきた。  食卓に席はなく、稽古も許されず、ただ独り。  城の片隅で、古びた書物を読み漁るだけの日々。


 それでも、ロランは学んだ。  魔法が使えないなら、それ以外のすべてをればいい。


 数学、物理、戦術論、経済学。  あらゆる知識を、渇いた砂が水を吸うように吸収した。


 そして、ある日。  彼の視界せかいは、変容した。


 世界が、数式に塗り替えられたのだ。


物体の質量、速度、加速度。 熱量とエネルギーの奔流。 すべてが青い光のグリッドとなって、脳内に直接流れ込んでくる。


 ――タクティカル・ビュー(戦術視界)。


魔法ではない。 脳による、超並列演算の果て。 だが、ロランは誰にも話さなかった。


 魔法こそが正義のこの世界で、そんな「理屈」は誰にも理解されないからだ。


自室に戻り、荷物をまとめる。 着替えと数冊の本。 それが、彼の全財産だった。


 窓の外には、王都ルミナスの華やかな貴族街が見える。  魔法によって空中に浮かぶ庭園が、白亜の街を彩っている。


 だが、ロランにはそれがひどく空虚に見えた。  魔法という土台の上に築かれた、もろい砂上の楼閣。


「…… さようなら」


 二度と戻らぬ家。  未練のかけらもなく、彼は北へ向かう馬車に乗り込んだ。


馬車が王都を離れ、街道を進む。 同乗しているのは、数人の兵士たちだ。 誰もが死人のような顔をしている。 彼らもまた、アイギス砦へ送られる「使い捨て」なのだろう。


「…… なあ、あんた」


 隣に座っていた中年の兵士が、ロランに声をかけてきた。 「あんた、身なりからして貴族だろ? なんでこんな……」


「追放されました。魔力がないので」


 簡潔な答えに、兵士は「ああ……」と納得したような顔をした。 「そうか。そりゃあ、酷な話だな」


「慣れていますから」


 ロランが目を閉じると、兵士はそれ以上何も言わなくなった。


 馬車が揺れるたび、北の死地へと近づいていく。  だが、ロランの心に恐怖は微塵もなかった。


(父上、兄上…… いつか、必ず)


 その先の言葉は、心の中に沈めた。  復讐でも、証明でもない。


 彼が本当に求めている答えは、まだ見つかっていない。


 馬車が大きく揺れる。  ロランは静かに、これから訪れる「地獄」に思いを馳せた。


 彼はまだ知らない。  その地獄こそが、自らの力が完成する最後のピースであることを。


 世界のすべてを数式で支配する、禁忌の軍師。  その伝説は、ここから始まるのだ。


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