第2話 ステータスオープン
鉄パイプを握る手のひらは、まだじんじんと痛んでいた。
猫型のモンスターを殴り倒した時の感触が、骨を通して残っている。
地面には、魔物の死体とほのかに光る石のような物が落ちていた。
ダンジョンの空気は湿っているのに、今だけは妙に澄んでいる気がした。
「……ふぅ。やったな。」
肩で息をしながら呟く。
恐怖や緊張のせいで、ここ数分の記憶が少し曖昧だ。
けど、確かに倒した。
死に物狂いで鉄パイプを振り続けた末に、あの牙と爪が地に沈んだ。
そして、不思議と――胸の奥から湧き上がる高揚感があった。
恐怖よりも先に、「勝った」という実感。
どこかで「次もいける」と思っている自分がいる。
血の味が口に広がっているのに、笑っていた。
「……はは、なんだこれ。少し楽しいな」
そう呟いて、我に返る。
借金取りから逃げるために飛び込んだダンジョン。
命を賭けた戦いの中に“楽しさ”を感じているなんて、正気じゃない。
でも、確かに心の底が震えていた。
今までの人生では、感じたことのない感覚だった。
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息を整えながら、ふと脳裏に浮かんだ言葉があった。
――ステータスオープン。
テレビやゲームでよく見るあの言葉。
現実の自分には関係ないと思ってた。
けど、ここは「ダンジョン」だ。
人が死に、モンスターが実在する異常な空間。
もしかしたら――。
「……ステータス、オープン」
言葉に出した瞬間、視界の前に半透明のプレートが浮かび上がった。
青白い光が脈動するように明滅していて、まるで生きているみたいだ。
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名前:佐伯リョウ
レベル:1 → 2
体力:4 → 15
魔力:3 → 11
攻撃:7 → 17
防御:5 → 12
敏捷:5 → 17
器用:4 → 12
知力:5 → 14
スキル:【強奪】、斬撃(1)
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「……おお、本当に上がってる。」
戦闘が終わってから体が少し軽くなったような気がする。
これは間違いなくレベルアップの影響だ。
数値で見せられると、やたら説得力がある。
特に敏捷と攻撃力。
ヒットアンドアウェイで逃げながら打ち込んでいたのが良かったのか、そこがぐんと伸びている。
それよりも気になるのは、スキルの欄だ。
「強奪」と「斬撃(1)」。
斬撃の方は、たぶんあの猫モンスターから奪ったスキルだろう。
爪のような鋭い一撃。あの動きと共に体に何かが流れ込んだ感覚が確かにあった。
問題は――もう一つの方だ。
【強奪】
無意識のうちに指を伸ばす。
プレート上の文字に触れた瞬間、もう一枚の説明ウィンドウが開かれた。
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【強奪】
自分より格上の存在を打ち倒した時、稀にその対象が持つスキルを奪う。
※このスキルは生得特性として保持されています。
※スキルレベルは存在しません。
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「……生まれつき持ってた?」
目を細めて、文字をもう一度読み直す。
どうやら、俺は生まれながらにこのスキルを持っていたらしい。
でも、今までの人生でそんなこと意識したこともなかった。
“格上を倒す”なんて状況、普通に生きてたら一度もない。
だから、今まで気づくはずがなかったのだ。
それにしても、この効果。
“格上からスキルを奪う”なんて、どう考えてもヤバい。
普通の探索者が聞いたら羨ましがるどころじゃないだろう。
もし誰かに知られたら、確実に狙われる。
このスキルは――俺だけの秘密にしておいた方がいい。
「……にしても、スキルレベルがないのか。」
斬撃(1)の横にある数字が気になっていたが、【強奪】にはそれがない。
つまり成長しないタイプのスキルってことだろう。
奪う力そのものが強化されるわけじゃなく、単に「発動条件が格上を倒す」一点のみ。
シンプルだけど、使いどころを間違えれば死ぬスキルだ。
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斬撃の方もタップしてみる。
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斬撃(1)
武器、または身体の動きに斬撃を纏わせる。
威力は使用者の攻撃力・敏捷に依存する。
使用に魔力を消費する。
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「これを使いこなせたら、だいぶ戦えそうだな。」
魔法ってほどではないが、近接武器や身体に風圧のような刃を纏わせるイメージらしい。
ただ、今の俺はまだ試す気になれなかった。
魔力がどれくらい残ってるかもわからないし、無闇に力を使って体調を崩すのは避けたい。
それに――
「スキルって、そう簡単に増えるもんじゃないんだよな。」
ふと、かつてニュースで見た映像を思い出す。
“探索者”たちが政府の認可を受けてダンジョンに挑む時の記録だ。
スキルはレベルアップ時に稀に授かる。
もしくは、ダンジョン内にある宝箱や特定の条件を満たした時に突然覚醒する。
つまり、複数のスキルを持っているのは結構珍しい。
俺の場合【強奪】が生まれつきあり、そしてその効果で斬撃を奪った。
……もしかして、探索者としての才能があるのかもしれない。
そんなことを思って、少しだけ頬が緩む。
だが、すぐに現実が追いかけてきた。
「……とはいえ、今日はもう限界だな。」
疲労がどっと押し寄せてくる。
借金取りから逃げ出して、気づけば日が沈んでいた。
スマホを取り出して時刻を確認すると、19時を過ぎている。
圏外のマークが画面に浮かんでいるのが、なんとも心細い。
「……寝れる場所、探さねぇとな。」
ダンジョンで夜を明かす――それは基本的に自殺行為だ。
モンスターは眠らない。
嗅覚に優れた種も多く、寝ている人間など簡単に見つけてしまう。
探索者たちは交代制で見張りを立てるか、仮眠用の結界アイテムを使うのが普通。
だが、俺にはそんなもの一つもない。
「今ここで外に出たら……アイツら、待ってるよな。」
頭に浮かぶのは、あの借金取りたちの顔。
昼間に路地裏で囲まれた時の冷たい目。
もう外の世界に戻る場所なんてない。
今さら逃げても、地獄が待っているだけだ。
だから、進むしかない。
このダンジョンの中で、生きる方法を見つける。
「とりあえず奥に進むか」
鉄パイプを肩に担ぎ、リョウは薄暗い通路を歩き出した。
湿った石の床に靴音が響く。
どこかに、モンスターの気配が少ない場所。
安全と呼べるほどではなくても、少しでも長く目を閉じられる場所を求めて――。
ダンジョンの奥へ、ゆっくりと消えていった。
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