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借金取りから逃げてダンジョン入っちゃいました。  作者:


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1/21

第1話 逃げ場所はダンジョンでした

連載始めました。

よろしくお願いいたします。

 夜の街を、佐伯リョウは全力で駆け抜けていた。

 息が切れ、肺が焼けるように痛い。

 背後では、借金取りのライトが通りを揺らし、怒号が耳を裂く。


「待てコラ! 今日こそ金返せぇ!」


 怒声が夜気を裂き、靴音がアスファルトを叩く。

 リョウは振り向かずに、ただひたすら走った。


「はぁ、はぁっ……くそっ、なんでこうなる……!」


 胸は張り裂けそうに苦しく、足は地面に吸い込まれるように重い。

 胸ポケットには取り立て書と、わずか三千円の入った財布。

 それが今の、全財産だった。


(あと三日、あと三日だけ待ってくれって言ったのに……!)


 だが、あの連中に情けなんてものはない。

 “金を払えない奴”に、人の言葉なんて通じない。

 いや、もはや自分だって――人間として扱われていない。


 曲がり角を抜けた瞬間、前方に人影。

 回り込んできた借金取りのひとりだ。


「逃がすかよ、クズが!」


 リョウは咄嗟に壁に手をかけ、パルクールのように体を押し上げる。

 ビルの外壁を蹴り、一瞬で高低差を詰め、狭い路地の上部を駆け抜けた。


 落ちるように地面に降り立つ。

 膝が悲鳴を上げたが、止まるわけにはいかない。


(終わってる。人生、完全に詰んでる。親の借金、友達の裏切り、ギャンブルでの地獄……)


 心臓の鼓動がうるさくて、思考すらできない。

 ただ――何かにすがりたかった。


「もう……どこでもいい……逃げ場さえあれば……」


 ふと、曲がり角の先。

 路地の奥、古びたビルの間に、不自然な黒い空間がぽっかりと口を開けていた。


 街灯の明かりが、そこだけ吸い込まれるように消えている。

 音が、風が、世界から切り取られたみたいに静まり返っていた。


(なんだ……あれ)


 直感が警鐘を鳴らす。

 普通じゃない。

 だが、足は自然とその闇へ向かっていた。


「……これ、まさか……ダンジョンの入り口か?」


 誰に言うでもなく、唇から言葉が漏れる。

 無許可でダンジョンに入るのは犯罪。

 ニュースでは、そういうバカが中で死ぬって報じられていた。


 だが――今さらだ。


「どうせ死ぬなら……あいつらに殴り殺されるよりマシか」


 リョウは足元の影を見下ろす。

 黒が深く沈み、吸い込まれるように広がっている。

 その先に何があるのかは、誰にもわからない。


 息を整えながら、地面に落ちていた錆びついた鉄パイプを拾い上げた。

 冷たい感触。重いが、これしか武器はない。


 背後から、再び足音。

 怒声が近づく。


「いたぞ! 路地の先だ!」


 もう時間はない。

 リョウは深呼吸した。


「……行くか」


 覚悟というより、諦めに近い静けさ。

 だが、その奥に、かすかな熱が残っていた。


(まだ終わっちゃいない。どうせ地獄なら、足掻いてやる)


 リョウは闇の中へ、一歩、また一歩と踏み入れた。


その瞬間、音も光も消え――

世界が、裏返った。



石畳の冷たい感触が足の裏に伝わる。

息を殺し、耳を澄ませる。


風も音もない。だが、遠くで水滴が落ちる音が規則正しく響き、闇の奥に何かが潜んでいることを予感させた。


突然、カシャッ……カシャッ……と不規則な足音が響いた。

正面を見ると、赤く光る瞳が二つ、暗がりからじっと見つめていた。


灰黒色の毛並み。しなやかで筋肉質な四肢。

背中の爪は、短剣のように光っている。

――猫型のモンスターだ。普通の猫の愛らしさは微塵もなく、明らかに「殺意」を帯びていた。


リョウの体が硬直する。

心臓は爆音のように鳴り、呼吸は浅くなる。


「くっ……距離を……!」


モンスターはじりじりと前進してくる。

時折爪を床に擦りつける音が、冷たい金属音のように響いた。


リョウは鉄パイプを構え、距離を取りながら慎重に動く。

モンスターが跳びかかれば横に転がり、腕を伸ばしてパイプを振る。

――ヒットアンドアウェイ。当てて逃げ、また当てて逃げる。


最初の一撃は空を切った。

モンスターの爪が肩をかすめ、鋭い痛みが走る。

血が滲み、手首の感覚が一瞬飛んだ。


「くそ……!」


次に当たったのは腕。モンスターが身をよじる瞬間にパイプの先がヒット。

しかし反撃のスピードも異常で、背中や足元をかすめられ、何度も転がりながら攻撃をかわす。


時間が経つほど、汗と血で視界が滲む。

呼吸は荒く、息が胸を圧迫する。腕も重く、筋肉が限界を訴えていた。


だが、モンスターも疲れている。ジャンプやダッシュの速度がわずかに鈍り、攻撃の威力も少しずつ減ってきた。


リョウは歯を食いしばり、次のチャンスを待った。

モンスターが前脚を振り下ろす瞬間、体を低く転がしてかわす。

そのまま横にステップを踏み、背後からパイプで膝下を叩く。


ガンッ!


ヒットの衝撃が手首に響く。

モンスターが小さく後ずさる。


「……あと、少し……!」


限界の力を振り絞り、渾身の横薙ぎ。

鉄パイプの先が獣の横腹を打つ。

モンスターは悲鳴を上げず、やがて床に崩れ落ちた。


リョウは倒れ込むように座り込み、深く息を吐く。

胸は痛みで張り裂けそうだ。手首も痺れている。


そして、目の端に淡い光の文字が浮かんだ。


――〈スキル獲得:斬撃〉

――〈レベルアップ:1 → 2〉


リョウは目をこすり、鉄パイプを握り直す。

まだ斬撃を使うことはできない。

ただ、倒したモンスターから何かを奪った――という事実と、レベルが上がった感覚だけが、確かに残った。


不思議な感覚。血の匂いと疲労の中で、胸が少しだけ高鳴る。


「……これで、少しは強くなったのか?」


闇の奥で、再び微かな音。

恐怖より先に、心がわくわくしている自分に気づいた。


リョウは鉄パイプを握り直し、ゆっくりと立ち上がった。

生き延びるため、そして“何かを奪える力”を手に入れた者として――。

呼んでいただきありがとうございます。

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