第二話「死体に付けられた星のマーク」
――朝、美子は部屋で悩んでいた。
「はぁ...行きたくないなぁ...でも、行かなきゃだよね!それに...」
『お兄ちゃん警察学校卒業おめでとう!来月から警察だね!』『美子、ありがとう!』そう言って美子の頭を撫でる。――
しかしその二年後...横浜警察署の刑事になった兄は事件の捜査中に事故にあった。
高校生だった私は授業中にその連絡が来て急いで帰った。病院につくともう、兄は息を引き取った後だった...顔に白い布が被されており布を取ると、とても綺麗な顔で眠っているようだった。
そこから兄の死の真相を確かめるために私は刑事になることに決めた。―――
「そうだよね...お兄ちゃんのためにも...頑張らなくちゃ!あんな人に振り回されてちゃダメだ!」気合を入れると服を着替え、家を出た。
電車に揺られながら色々と考えていた。兄のこと、水蓮寺のこと、そして...なぜ水蓮寺が昨日美子にキスをしたのか...。そんなことを考えているうちに第三課に着いた。ドアを開けるとみんなが心配そうに美子を見た。
「...おはようございます!」「古屋さん、昨日は大丈夫だった?」最初に声をかけたのは山口真白。彼女は横浜警察署の中で一番人気と言われる美人刑事。特に刑事としての才能があるわけではなく、カッコイイという理由で刑事になったそうだ。しかしその美貌が水蓮寺には通用しないみたいで、水蓮寺に振り向いてもらおうとムキになっている。
「あぁ、山口さん...大丈夫です」「真白でいいわよ?みんなにそう呼ばれているもの」そう言うと自慢のロングヘアをなびかせながら戻って行った。
美子はそれを見送るとすぐに駒澤の席へ行った。「ん、古屋さんどうしました?」「ボス!私、やっぱり水蓮寺さんとは組みたくありません。」ボス?と一瞬疑問に思った駒澤だったが別に悪い気もしなかったので指摘するのはやめた。
「んー...組みたくないって言われてもね...ここの三課は見て分かるように...現場に出たい人が少ないんだよ。水蓮寺くんくらいなんだ」と申し訳なさそうに頭をかいた。
「そんなぁ...」あからさまに落ち込んでいると...「おい、行くぞ」急に後ろから声をかけられびっくりして振り向くと水蓮寺がいた。「おぉ、水蓮寺くん!連れて行ってあげて」「えぇ...わかりましたよぉ...」今回は仕方ないと思いついて行くことにした。
――水蓮寺について行くと会議室のようなところに来た。「あれ、水蓮寺さん。今日は現場には行かないんですか?」「お前バカか...いつまでも現場に遺体があると思うか?捜査会議に決まってるだろ...」「あ...捜査会議!!」昨日の[KEEP_OUT]といい捜査会議といい、美子は刑事らしいことに憧れを持っていた。
会議室に入り、後ろの方の席に座ると水蓮寺は机に配られていた資料に目を通した。「何だか...意外です。水蓮寺さん...」「ん、なにがだ...」資料からは顔を上げず聞く。「あ、いえ...捜査会議とか全く出ないイメージでしたので...」確かに水蓮寺は単独行動などを好むタイプに見えた。ドラマのように捜査会議には出ない人だと思っていた。「は...?捜査会議は情報提供されるんだ。色々と聞けるから重要だろ...」「なるほど...!何か少し...見直しました...」「見直す?お前、先輩に向かって失礼だな...そんなことより資料に目を通しておけ。昨日、お前遺体見てないからな...」「は、はい!」資料を見ていると遺体の写真や遺品などの写真が貼られていた。遺体を見ると吐き気がするのでページを飛ばした。
「お、水蓮寺やんお前また...ッ」昨日の安井がやってきた。その後ろにいるのは昨日もいた安井の後輩であり相棒でもある一課の刑事の新堂誠。彼は安井の相棒なのだがバカにしている面もあり、少しナルシストの部分もある。そしてそんな安井は関西出身の一課の刑事だ。
「あぁ?うるせ...」「あ...昨日はすみませんでした!あの、昨日から三課に配属されました古屋美子です!よろしくお願いします。」美子はそう言ってお辞儀をした。安井は美子をジーッと見ると「...かわいい」と呟いた。「え、安井さん?安井さーん?」新堂が声をかけるも安井は美子から目を離さない。「もう、行きますよ!会議始まっちゃいます!」新堂は安井を引っ張って自分たちの席に連れていった。
美子は全く状況が分からずにいると隣で資料から目を離さない水蓮寺が「お前、変なやつに惚れられたな...」「へっ!?惚れられた...?そんなまさか...ないですよ!」そう言うと席に座り直し資料を見た。
こうして捜査会議が始まった。色んな刑事が現在分かっている情報や容疑者の名前などをあげていった。そこで安井が「半年前と同様に遺体にあった星のマークやけど...やっぱり殺された後に付けられたようですわ」「星のマーク...?」「お前、遺体見てなかっただろ...写真見ろ。胸のところに星のマークが書かれてるだろ」安井の発言に疑問を持っていると横から水蓮寺が声をかけたきた。言われた通り、我慢しながら資料の写真を見ると確かに被害者の胸の下に星のマークが付けられていた。「これ...なに...」星のマークをジッと見ていると違和感を感じた。
「じゃあ、各自現場に向かいこれまで通り捜査を続けてくれ!絶対にホシをあげる!」「「はい!!」」捜査会議が終わり、水蓮寺の後を歩く美子はずっと星のマークの違和感を考えていた。その様子を水蓮寺は少し心配そうに見ていた。
美子と水蓮寺は再び聞き込み調査をするために現場近くに出ていた。ふと、美子が疑問に思っていたことを水蓮寺に訪ねた。「水蓮寺さん」「なんだ...」「昨日のあの女の人って誰だったんですか?」「は?」水蓮寺は立ち止まり美子を見た。「いや、何か怒っていましたし...水蓮寺さんの彼女さん...ですか?」「彼女じゃない、一回寝ただけで彼女面してくる迷惑な女」そう言うとまた歩き出した。「彼女面って...えっ!?一回寝たって...それって...」「そのままの意味だ...あぁ、お前は無経験女子だったな...そういえば」「なっ...!無経験って言わないでください!」「まぁ、キスくらい別に気にすんな」また嫌な笑みを浮かべると先を歩いていく。「ちょっと...水蓮寺さーん...!」あとを追いかけ現場近くで聞き込みをする。
すると一つの情報がわかった。商店街から少し外れた一軒家に住んでいた老夫婦が怪しい男を見たというのだ。その男は帽子を深く被り、周りをキョロキョロしながら橋の方へ走っていったそうだ。美子と水蓮寺は言われた橋へ行くと橋の下には黒いゴミ袋が落ちていた。「これ、なんでしょうか...?」「ゴミ袋...か」水蓮寺はゴミ袋を開けると中からジャージのようなものを取りだした。「それ、なんですか?」「ジャージか...老夫婦が言っていた男が着ていたものだろう...ほら、ここに血がついてる」「血...?ほんとだ...!」ジャージをゴミ袋に戻すとそれを持って歩き出した。「鑑識に持っていくんですね!」「は?そんなことしたら一課に取られるだろ...三課に持って帰るんだよ...」「え、でもそれじゃ調べられないじゃないですか...」「いるんだよ...三課にも」その言葉に疑問を持ちつつも、三課へ帰った。
三課に戻るとすぐ水蓮寺は白衣を着た女性の元へ行った。「おい、これ頼む」「はいはい、分かりましたよ」彼女は小島杏実。三課のメンバーだが実は科捜研に入りたかったそうだ。そのため、刑事の知識はないが科捜研としての知識や道具は充実している。捜査に役立つ機械なども作れるため、水蓮寺は小島のことを頼りにしているようだ。「す、凄い...」「ちなみにここで役に立つのはこいつくらいだ...」そう水蓮寺が言うと後ろでずっと筋トレをしていた人がやってきた。「おいおい、水蓮寺!それはないだろ?俺だって役に立つ時はある!」彼は崎沼柊。絵に描いたような熱血刑事で武闘などの力技はあるが抜けている部分があるため、意外と頼りない。「お前、力だけだろ...」「お前なぁ...!」「ま、まぁまぁ崎沼さん!そんなこと言わずにこっちへ来てお茶でも飲みましょう」すかさず山口がフォローを入れ、連れていく。
「お前はこいつの結果を待ってろ...俺は帰る」「えっ...ちょっ、水蓮寺さん!?」水蓮寺はそう言い残すと出ていった。「はぁ......」大きなため息をつくと小島に「もう少しかかるから座って待ってて?お茶でも飲みながらね?」そう言ってもらい、自分の席に座った。すると...「はい、お疲れ様」柚斗がコーヒーを持ってきてくれた。「柚斗、ありがとう...」「大変そうだな、あの人と組むのは」「うん...でも、あの人しかいないみたいだから...さ」「まぁ頑張れよ。悩みくらいは聞くからさ」柚斗はそう言って美子にお菓子をそっと渡すと戻って行った。
―――「できた!!」しばらく待っているうちに寝てしまっていた美子は小島のその声で起きた。「ッ!!私...寝てた!」「出来たよ!美子ちゃん!照合した結果、ジャージについていたのは、やっぱり被害者の血だった。で、それ以外の血も一箇所ついていたから...もしかしたら他にも犯行をしている可能性があるわね...」「えっ...他にもって...」「被害者とは別に殺されている...または怪我をさせた可能性があるってことね...」そう言うと美子は結果の資料を貰った。駒澤はその様子を見ると「古屋さん、今日は帰っていいからね」「...あ、はい」帰る用意をすると資料を持ったまま出ていった。
警察署を出ると資料を眺めていた。照合してもらった血の付いていたジャージの写真を見ているとジャージの胸のあたりにあるロゴマークに見覚えがあった...。「このマーク...どっかで...」ふと、被害者の胸の下についていた星のマークのことを思い出した。「あっ!このマーク...星のマークだ...!被害者の胸の下に付いていたマーク...」貰っていた資料の写真と照らし合わせてみると...マークが一致した。
「やば...凄いこと気づいちゃったのかも...!水蓮寺さんに知らせないと!」すぐに走り出した。
――ピンポーン
インターホンを鳴らしても出る様子がない。というか...中に人がいる気配がなかった。「帰ってないのかな...?どうしよう...明日にしたら遅いのかな?」考えつつ家に帰った。
ベッドに寝転び、資料を眺めていると...『え、お兄ちゃん今から出かけるの?』『あぁ、事件のことで分かったことがあったんだ!だから相棒に伝えに行かないとな!』『そっか...わかった』『分かったらその時に動かないと遅くなっちゃうからな...!』
兄の涼が言っていたことを思い出した。「そうだ...そうだよね!お兄ちゃんは夜遅くても分かった時に出て行ってたもんね!」そう言うと資料を鞄に入れて外へ飛び出した。
もう一度、ジャージを見つけた橋の下へ向かった。するとそこには人影があった。
「...だ、誰だろ...あんなとこでなにか探してる...?」怪しい人影を見ていると向こうからこちらに近づいてきたのでとっさに隠れた。
「やばい...犯人だったらどうしよう...」どうか気づかずに通り過ぎてくださいと願っていると「おい...おい!」見つかってしまった美子は...「け、警察です!あなたが犯人なんですか!」警察手帳を反対に掲げつつ顔を上げると...そこにいたのは水蓮寺だった。「す、水蓮寺さん...!?」「はぁ...お前ってほんとに間抜けだな...」懐中電灯を顔に当てられながら呆れた声で言われた。
「あっ!あの、水蓮寺さん!資料持ってきました!気づいたことがあったんです!あのジャージのロゴマークなんですが...」「被害者の胸についてた星のマークと一緒...」「えっ!分かってたんですか!?」「当たり前だろ...そんなのジャージ見つけた時に分かってた...」さすが水蓮寺さん...と思った美子であったが、照合結果の資料を見せた。「一箇所だけ被害者のとは別の血が付いていたようです...」「ふーん...別のね...」結果の資料を見ると水蓮寺は何かが分かったような顔をした。
「行くぞ」「え!今からですか!?」「犯人が分かったんだ、このままにしてるわけないだろ...」「...お兄ちゃんみたいなことを言うんですね...」「は?」思わず言ってしまったことに驚いた。「い、いえ...何でもありません!」「...行くぞ」「は、はい!」
水蓮寺について行くと向かった先は...犯人らしき人物を目撃したという証言をしてくれた老夫婦の家だった。「え、水蓮寺さん!ここって...ここは情報提供してくださった家ですよ?」「...黙ってろ」そう言うと水蓮寺はインターホンを押した。
ピンポーン
しばらくすると家のドアが開き、中から奥さんが出てきた。「あらあら、どうしました?こんな夜に...」「夜遅くにすみませんが、お孫さんに会わせてくれますか?」「え!?ここは奥さんと旦那さんの二人暮らしですよ?」朝に聞きこみをした時に二人暮らしだと聞いていたため、美子は水蓮寺に指摘した。
しかし奥さんは、顔を曇らせた。「...孫なんていませんよ。じいさんと二人暮らしです」「いますよね?お孫さん。事件の晩、橋の下へ行ったお孫さんが...」「えっ...それって...」容疑者として考えている男の人のことを言っていた。「...知りませんよ。もう遅いので失礼します」そう言うとドアを閉めようとした。しかし水蓮寺は...「知りませんよ?このままだと逮捕状を持ってあなたの家に何人もの刑事がやってきてお孫さんの部屋の中に入り、お孫さんはみんなの前で連れていかれることになります。」真顔で淡々と話すと奥さんは遂に無言でドアを開けた。「失礼します」一言言うと家の中に入った。美子もそれに続き家の中に入った。
二階の部屋に行くと男がいた。その男は水蓮寺を見るなり突然窓から降りた。「あっ...!」水蓮寺は無言でその後を追い、窓から降りた。美子は階段を使って降り家を出た。「水蓮寺さん!待ってくださいよ!」水蓮寺を追いかけるが、なかなか追いつかず...。水蓮寺は橋の近くまで男を追いつめた。「なんだよ!お前!」「なに?刑事だ...お前が犯人かどうかを確かめに来た。」「はぁ?犯人なんかじゃねぇよ!」慌てながら後退りをする男に対して水蓮寺は冷静だった。「犯人じゃないなら何故そんなに慌てているんだ。逃げないだろ...普通。」「水蓮寺さーん」美子もやっと追いつき、水蓮寺の後ろについた。「なんなんだよ!犯人じゃねぇって!!」「なら、鑑定させてもらう。見つかったジャージには被害者の他にも別の人物の血がついていた。それがお前のじゃないなら犯人ではない。そのためにもお前のことを調べさせてもらう必要がある」水蓮寺は少しずつ男に近づいていく。「来るな!来ると刺すぞ...!」そう言うと男はポケットからサバイバルナイフを出してきた。「刺してみろ?お前は完全に刑務所行きだ。今回の犯人じゃないとしてもな...」「...ッ、あいつが悪いんだ...全て...あの男が...!」男は崩れ落ちた。水蓮寺はすかさずサバイバルナイフを取り、男の身柄を確保した。「凄い...水蓮寺さん...」美子が感心していると一課の二人がやってきた。
「おーい、水蓮寺!またお前に手柄取られたな」「安井さんこの間もでしたもんね、ノロノロしてるからですよ」「なんやお前、俺のことバカにしとるんか!」安井は美子を見つけるとすぐに駆け寄ってきて「この間は挨拶出来んですまんな、一課の安井秀雄や。よろしくな!美子ちゃん」「は、はぁ...よろしくお願いします」「ほな、また声かけるわな!」嬉しそうに笑うと犯人の男を連れてパトカーで去っていった。
「...帰るか」「は、はい!あの...水蓮寺さん」「なんだ...」「どうして、犯人が分かったんですか?」「星のマークも確かだったが...ジャージに被害者のとは別の血がついていた。しかも一箇所だけ...一箇所って言ったら他の被害者の可能性はない。争ってるうちに自分が怪我をした可能性の方が大きい。つまり犯人のだ...」そう言うと歩き出した。美子も隣を歩きながら水蓮寺の推理を聞いていた。「で、老夫婦の家に聞き込みに言った時...家の中に救急箱と包帯、血のついたティッシュがゴミ箱に捨てられていた。それで近い日に大きめの怪我をしたことが分かった...」「なるほど...そんなとこまで見てたんですね!」「だが老夫婦に怪我をしている様子はなかった...つまりだ、他にも住人がいた。事件があったのは夜中だ。なのに老夫婦がそんな時間にたまたま人影を見ていたっていうのも怪しい...」「それで...疑っていたんですね」「ま、そういうことだな...」―――
老夫婦は殺人を犯してしまった孫をかばいたい気持ちもあったが、自首して欲しいという気持ちもあったそうだ...。ちなみに星のマークが被害者の胸についていたのは、やはりジャージのロゴマークが写ってしまったらしい。
美子は水蓮寺の推理を聞き、少しだけ水蓮寺を見直した。そして二人はマンションに着くと「水蓮寺さん、今日はありがとうございました!」「...なにが?」「いえ...何だかかっこよかったです、水蓮寺さん」そう言って鍵を開けて家に入ろうとしたら...「...お前、運動しとけ。足遅いと犯人追いかけるの無理だぞ...マヌケ」水蓮寺は嫌な笑みを残して家に入っていった。また美子は家に入ると鍵を閉め、玄関に立つと「...やっぱり嫌い、あの人!!!」そう叫んだのは言うまでもない。
―――水蓮寺は家に入ると、机に置いてある写真を手に取った。その写真を眺めていると...少し悲しげな表情になっていた。




