7
ここが虚無なのか。
虚無という存在を、私は知らなかった。虚無があるのなら、虚有というものもあるのだろうか。
また、私はくだらないことを考えている。くだらないことを考えるたびに、自分のどうしようもなさに嫌気が差す。結局、何もできやしない。
「戻れ」だと?
戻れるはずがない。
だから私は、進んだ。
やがて、巨大な百足が蠢いているのを目にした。
その顔は、やはり姉の顔をしていた。
私は「SARASAなのだな」と一言告げる。だが、サラサ百足は答えず、静かに一礼をしてみせた。そして顔から伸びた舌を使い、まるで「どうぞこちらへ」と言わんばかりに道を指し示す。
そこから先は、歓楽街のようだった。
歓楽街には物品が並び、ここで売買が行われているようだったが、そのときの私は正気ではなかった。
目に入った水槽の蟹に噛みつく。
――ああ、うまい。うまいな。
店主に怒鳴られたが、そんなことはどうでもよかった。
百足はついてこない。歓楽街の入口に佇み、こちらを見守っている。
何をしているのか、と念じてみると、
「やめたほうがいい」
と一言だけ返ってきた。
だが、何をやめろというのか、私にはわからない。もはや指導者としての威厳など残っていない。そこにあるのは、生きるという渇望だけだった。私は両手に蟹を抱え、硬い殻ごとむしゃぶりついていた。
姉はよく迷信を信じる人間だった。
例えば「赤いものを食べたら赤くなる」など。
そんなこと、あるわけがない。
私は赤くなどなっていない。赤くなるはずがないではないか。
だが、店主が腰を抜かし、慌てて逃げ出していった。
「どうしたのだ」と声をかけても、もう姿はない。
水槽に映る自分を見た。そこにあったのは、真っ赤に染まった私の姿だった。
――これは血か?
いや、血ではない。
蟹を食べたことで、私は赤く染まってしまったのだ――そう直感した。
この世界の常識は、外の常識など通用しないのだ。
そう思った瞬間、背後に気配を感じた。
そこにいたのは、やはり姉に似た男だった。意味がわからない。姉とは切っても切り離せないのか。
「本物ではないだろう」
「そうに違いない」
その男は薙刀を振り下ろしてきた。まるで死神のように。
間一髪、私は床に腰を打ちながら避ける。だが次の一撃で首を持っていかれると思い、仕方なく「玉」と念じた。
その瞬間、私は気づいた。目の前の人物は姉ではない。
黒い帽子を深くかぶり、顔は見えなかった。
「大丈夫か」
そう問われ、私は「ああ」とだけ答えた。




