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――ここは、どこだ。
私は、その未開の地に足を踏み入れていた。
恐る恐る一歩を踏み出すたび、身体の感覚がどこかおかしい。
まるで、自分の存在そのものが薄れていくようだった。
そうだ。
ベンゼルに応答を願おう。
彼なら、きっと……いや、必ず、答えてくれるはずだ。
――ベンゼル、聞こえるか?
……駄目だ。返事がない。
まるで、この声が虚空に吸い込まれるようだ。
ここは、本当に――忘却の彼方なのか?
もしそうなら、私はすでに死んでいるのか?
地獄のような場所だと思っていた。だが、何もない。
何も見えず、何も感じられず、何もできない。
それが、今の結論だ。
私が導き出した、唯一の答え。
――どうしろというのだ。
もう一度問う。
私に、どうしろと?
『……ベンゼル……聞こえ……』
な、なんだこれは。
時間の概念すら、狂っているのか?
発信したはずの信号が、遅れて自分に返ってきた。
まるで、過去の自分が今の私に話しかけているかのように。
――繰り返している?
おそらく私は、同じ空間を歩き続けているのだろう。
暗視を起動する。
見えるのは、黒い地面だけ。
岩ではない。金属でもない。
どこまでも平らで、無機質な黒。まるで人工のようだ。
……この空間、誰かが造ったのか?
その時、足元で何かが転がった。
カラン――。
乾いた音が響き、何度も反響した。
目を凝らすと、それは“骸骨”だった。
(骨……?)
恐る恐る歩を進めると、次第にその数が増えていく。
やがて、山のように積み上がり――ドクロの丘を形成していた。
その上に、“何か”がいた。
不気味な、形の定まらない影。
こちらを見ている。
「――話せるか?」
問いかけても、返事はない。
ただ、沈黙だけが返ってくる。
仕方なく、私はその“ドクロの影”のあとをついていった。
カタ、カタ、カタ――。
歩くたび、骨の鳴る音が響く。
まるで、壊れた機械のようだ。
カタ、カタ、カタ、カタ――。
黒い闇の中を、白い骨だけが歩く。
その対比が、いっそう不気味さを増していく。
そして――それは突然だった。
骸骨の眼窩に、蒼い灯がともった。
ぼんやりと揺れていた光は、やがて燃え上がり、
ドクロの頭全体を包み込む。
――どうしろというのだ。戦えばいいのか?
返事は、ない。
骸骨は襲ってこない。ただ、静かにそこに立っているだけだった。
ボンッ。
音を立てて、蒼い炎が消えた。
そして、骸骨の姿もまた――跡形もなく消えた。
(……あれ?)
私は、思わず立ち尽くす。
記憶が、霞んでいく。
私は、何をしていた?
どこへ行こうとしていた?
思い出せない。何も。
暗闇の中で、私の足音だけが響く。
それ以外、何も存在しない世界。
感情が、消えていた。
憂鬱も、悲しみも、楽しさも、怒りも――何も。
欲さえも存在しない。
食べたいとも、眠りたいとも思わない。
不思議な空間だ。
確かに“身体”はある。だが、それは自分ではないような感覚。
逸脱した精神が、形を借りて動いているだけのような――そんな気分だった。
前へ進むか、後ろへ戻るか。
どちらを選んでも、何も変わらない。
方角も、時間も、意味をなさない。
まるで、光なき洞窟を、
一人で歩き続けているようだった。




