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気づけば、すでに縦に十メートル、移動していた。
――これでよかったのか。
すまない、ルドルフ。
背後で獣の咆哮が響く。
……倒せていない?
嫌な予感がした。
背後はガラ空き。どうしてくれる。
知ってか知らずか――私は足を半歩ずらし、身体を捻った。
抜刀すれば終わらせられた。
だが、仲間を傷つけたくはない。
頼むぞ。
「――玉戀」
閃光が走る。
愛のある一撃。
味方にしか使えぬ、矛盾した技。
習得したときから考えていた。
いつ、誰に使うのだろうと。
対象の動きが止まる。
まるで金縛りにあったかのように。
――すまないな、ルドルフ。
そのとき、
耳の奥で、微かな声が響いた。
――たすけて。
誰だ?
私は反射的に飛車を展開し、退避する。
――ペティ、今の声は?
――わからないわ。
そうか。なら仕方ない。
砲撃音が夜を裂く。
ペティ――エリザヴェッタ・ペトロヴァが誰かと交戦している。
相手は……何者だ?
《電力残高、残り……》
息が荒い。
特異能力を酷使しすぎた。
休息が要る。
「ディープスリープ」だ。
何もしないことも、時には必要だ。
だが――休める状況ではない。
……わかった。成りすましで行こう。
「歩――成金」
ホログラムの“私”が、もう一人、現れる。
そして私は、意識を落とした。
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どれほどの時間が過ぎたのか。
目を開けると、ロード・エジソンの邸宅は跡形もなかった。
私は咳き込み、口から赤を吐いた。
――吐血ではない。
人工血管を流れるオイルだ。
赤く染色されてはいるが、血ではない。
油圧で動く身体が、軋んでいた。
戦場はどうなった?
みんなは無事なのか?
最初に出た言葉は、それだった。
「……ここは、どこだ?」
見知らぬ景色。
あのドーム状の邸宅が、更地になっている。
理解が追いつかない。
どういうことだ?
みんなは――どこへ?
私は、一人取り残されていた。
誰も、私がディープスリープに入ったことに気づかなかったのだ。
仕方ない。
せめて、ペティに告げるべきだったか。
――大丈夫ですか。
声がした。医療班だった。
どうやら一週間、経っていたらしい。
何も知らぬまま、私は州立病院へ搬送される。
病院――落ち着くには遠い場所だ。
休めるのか? と問われれば、休める。
だが、それで何が変わる?
ヘリの振動が身体を揺らす。
窓の外で、ニューライトの街が遠ざかる。
――さらばだ。




