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――よせ、ルドルフ。私だ。
正気じゃない。なぜ向かってくるのか。
私は四次元空間から帝刀を取り出した。鞘を抜くと、鋭い音が空気を裂いた。
ならば斬ってやる。向かってくるなら斬ってやる。
――待って。それは彼の二つ目の特異能力なの。
なんだと? 神経伝達経由の通話は、いつまで持つかわからない。
私は肩から腕、肘、手先へと全神経を集中させた。
最近、仲間内の衝突が多い。ペティにベン、そしてルドルフまで。頼む、うんとかすんとか答えてくれ。呼吸しているだけではわからないだろう。泣くも笑うも私次第か。やってやろう。
捧げるべきものは捧げた。これが私の悪あがきだ。
牙は鋭く、身体は大きく変貌し、体毛が全身を覆っている。あのとき初めて会ったときに着ていたローブが、伏線だったのかもしれない。面白い。興奮が収まらない。これでは夜も眠れない。ルドルフ、今晩だけは寝かせてくれ。頼んだぞ。
ルドルフが二度、引っ掻いたのがわかった。鋭い爪に引っかかれれば出血多量でもおかしくないはずだ。だが、私の右腕がそれを受け止めていた。刀を逆手に構え、暴走したルドルフの手首を受け止める。
――ルドルフ、応答せよ。
反応はない。攻撃したくはない。三年を共にした仲間だ。簡単に斬れるものではない。
――ペティ、対処法はないか?
――残念だけど、ないの。
そんなことがあってたまるか。頭の中はあの男でいっぱいだ。ルドルフの相手をしている暇はない。だが、目の前の現実は無視できない。
しかし、なぜルドルフの眼は赤いのだろう? やけに生々しい。血液を思わせる赤だ。
――ベンゼル。来てくれないか?
返事はない。いや、来るわけがないのか。ならば私一人で相手をするほかない。
――ペティ、ルドルフの特異能力はいくつある?
――わかっているのは二つよ。
他にもあるのか、それとも二つだけか。わからない。
――来い、ルドルフ。
荒い呼吸が聞こえる。獣が獲物を前にしたときの、それと同じ呼吸。私は狩られているような感覚に襲われた。恐怖が私を鈍らせる。
恐れないこと。怖がらないこと。自分を奮い立たせろ。興醒めしないために。必ず、決して後ろに下がらない――そう自分に言い聞かせる。
ルドルフは四足で地を蹴り、猛然と駆けてきた。速い。しかし、私は追いつける。私には「飛脚」がある。
――フリードリヒ、あれは使えるか?
《もちろんです》
承知した。
参る――「嚮・香車」
私は刀を鞘に納め、側頭部を狙って思い切り振り抜いた。甲高い刃鳴りが辺りに響く。




