53
――なあ、殺戮者。どういうことだ?
……聞かれていた。
すべて聞かれていたに違いない。
あの男、我々の会話まで――盗聴していたのか。
――ベンゼル、その前に……アストロを助けてやらなければ。
そう言う間もなく、ベンゼルはアストロの肩を掴み、私から引き剝がした。
次の瞬間、容赦ない蹴りが腹を撃ち抜く。
痛みはあった。だが――貴様の抱える悔しさに比べれば、微塵も痛くない。
そうだろう、ベンゼル。
二人はまだ来ない。
ならば、今言うべきか。
私が姉の弟であること。
殺戮者の弟であることを。
今が、その時なのか。
誰か、教えてくれ。
……いや、誰も教えてはくれない。
そうか。
なら、やるしかないようだな。
ふと思い出す。
ベンゼルはこれまで、何度も私を助けてくれた。
牢獄に囚われたときも、脱出できたのは彼のおかげだった。
ベンゼル――感謝している。
その気持ちは本物だ。
――私が、私こそが。
――ちょっと待って。ルドルフ、知らない?
ルドルフだと? 一緒に行動していなかったはずだ。
まさか……攻撃を受けているのか?
――ルドルフ、どこにいる?
応答がない。
どういうことだ。
返事をしてくれ。
なぜ、応答がない?
返せない理由があるのか?
……まさか、口を塞がれている?
いや、ルドルフがそんな状況になるとは思えない。
ベンゼルがゆっくりと近づいてくる。
重たい足取りで、一歩、また一歩と。
怒っているのは分かる。
当然だ。私は、彼を欺いていた。
それは事実だ。
だが、裏切りではない。
姉を救うため――それしか方法がなかったのだ。
わかってくれ、ベンゼル
――すまなかった。
ベンゼルは泣きながら、私に拳を叩き込んだ。
「嘘だと言ってくれ」――その叫びが、神経伝達を通して痛いほど伝わる。
彼もまた、苦しいのだ。
本当に、すまなかった。
ベンゼルよ。
お前を“忘却対象”にしたこと――許されることではない。
もし立場が逆なら、私も許せはしないだろう。
――この男は、俺が預かる。お前はルドルフを助けろ。
攻撃の手が止まった。
なぜだ? 憎くないのか。
――なぜ殺さなかった?
――一度助けてもらった。貴様に真価を見いだした。ただ、それだけのことだ。
……助かった。
待っていろ、ルドルフ。今、行く。
「飛車・零式」――起動。
鳥瞰するように、邸宅全体を見下ろす。
――ルドルフ、どこだ?
いくつもの穴が空いている。
奴の仕業に違いない。
何者だ。
我々の裏をかき、サラサを知っている。
奴の攻撃か。
……おそらく、そうに違いない。
――さあ、姿を見せろ。
その瞬間だった。
目の前に、牙が現れた。
現れたのは、人狼に変貌したルドルフ・ヴァレンシュタインだった。




