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鋼鉄製のマカダミア弾が、布を切り裂いた。
――何が狙いだ。何が目的だ。
私に、何を求めている?
男の動きを注視していた。
どう出るつもりなのか。
何か秘策でもあるのか。
いくつもの可能性が脳裏をよぎったが、通話制限のせいで何もできずにいた。
私はアストロを抱えたまま、落ちていく。
その瞬間、男と空中ですれ違った。
何かを言っていた。
興味深いことを――言っていたに違いない。
――サラサではないな? 誰だ?
嘘だろ。姉を知っている?
いったい何者なんだ。
ここ三年で、私たちの属していた南のソサエティは壊滅した。
リーダーである私も、サブリーダーも、幹部たちも――全員辞職を余儀なくされた。
なのに、なぜ姉のことを知っている?
もしや、五年前。
姉と共に戦っていた組員なのか?
訊きたいことはいくらでもあった。
だが、この状況ではどうしようもない。
私は、落下しながら男を見つめ続けた。
「鷹飛車」から「飛車」へ切り替える。
いっそ「飛車・零式」でもよかった。
だが――なぜ見た目が姉そっくりな私を見て、
「サラサではない」と断言できたのか。
それをどうしても確かめたかった。
だが今は、アストロを助けねばならない。
男は何らかの能力で宙に浮いている。
そのまま去ってもおかしくはない。
だとしても、なぜここに現れた?
……情報が漏れているのか?
そんなはずはない。
我々の電脳世界には、何重もの層で構成された「ウォール」がある。
中枢部、そして核を守るための強固な防壁だ。
あの男――まさか破ったのか?
一年かけて五十人がかりで設計した、あの「ホワイトウォール」を。
ありえない。そんなことが、あってたまるものか。
私がサラサのフリをしていることを知るのは、私だけのはずだ。
それなのに、なぜ彼は「サラサではない」と見抜いた?
私は一つの確信を得た。
――あの男は、サラサの情報を握っている。
いいだろう。どちらかではなく、両方だ。
アストロを助け、そして――サラサの真実を掴む。
……アストロ。もう少し耐えてくれ。
私は静かに息を整え、呟いた。
――「飛脚」
必ず追いついてやる。
そして、姉について聞き出す。
逃げるな。私はここにいる。
男は、空間に穴を開けた。
宙が裂け、そこに吸い込まれるように姿を消す。
まるで神隠しだ。予想外だった。
どこの國の者なのか?
姉は、あの組織と関係していたのか?
理由は分からない。
ただ、姉の強さが常軌を逸していたのは確かだ。
だが今にして思えば――それは、彼女自身の力ではなかったのかもしれない。
そういうことなのだな。
私はアストロを抱え、地に舞い降りた。
そこには、腕を組んだベンゼルが待ち構えていた。




