5
私の体の穴という穴から、蟻が這い出してきた。
それは、ただ「気持ちが悪い」という程度では収まらない。
先ほどの、姉の顔をした蟻――あれこそ地獄の王に違いなかった。
だが不思議なことに、蟻に全身を覆われているにもかかわらず、私は前を見ることができた。
こんなにも奇妙なことがあるだろうか。
――なぜ、見える?
私は自問自答する。
私は人間なのか? それとも蟻なのか?
私は一体、何者なのだ。
そのとき、声が聞こえた。
「あなたは私だ」
違う。私は貴様ではない。
私は姉を追っているのだ。
姉はどこにいる?
……いっそ、この地下そのものを吹き飛ばしてしまうか。
私は「玉」と念じた。
壁が分子レベルで分解され、木っ端微塵に崩れていくのを感じる。
その瞬間、蟻が消えた。
――これが忘却なのか。
いや、違う。私はまだ死んでいない。
なぜなら、姉が私を覚えているからだ。
姉が記憶している限り、私は消えない。
私は生き続け、存在し続ける。
「証明してみせよ」
くだらぬことを言うがいい。
私は星の民にも屈しない。
私は指導者だ。
人々を導き、答えを記す者。
ここに在ってこそ、指導者なのだ。
誰も私を忘れることはできない。
故に、私は此処にある。
「知らないのか」
ああ、知らないさ。
だが知っていようが、知らなかろうが、星の民よ。
それは貴様に関わる話ではない。
さあ、答えろ。姉はどこにいる。
「そこにいる」
またしても、意味のわからぬことを言う。
どこだ? 見当たらぬではないか。
星の民がホラを吹くとは思わなかった。
私が指導者と知ってなお、虚言を弄ぶのか。
しかし星の民は、それ以上何も言わなかった。
語ることをやめてしまったのか。
私はため息をつく。
痛みはない。
骨の露出した腕を見つめると、そこには包帯が巻かれていた。
――あの蟻は幻覚ではない。
もぞもぞと這い回る、あの気味の悪い感覚が、まだ体に残っている。
きっと蟻の仕業に違いない。
……何を言っているのだ、私は。
笑いが込み上げ、腹を抱えて震える。
気でも違ったか?
そうだ、私は本当におかしいのだ。
――これは夢だ。
醒めぬ夢を見ているに違いない。
ならば、醒めてくれ。
私よ、起きるのだ。
「夢ではない」
おかしい……まったく、おかしなことだ。
夢の中で、声が勝手に「夢ではない」と告げるなど、あってはならぬことだろう。
私は、自分の腕に噛みついた。




