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ベンゼルは頷くと、どこか哀愁を帯びた表情で天を見上げ、すぐに視線を落とした。
頭をポリポリとかきながら、何か言いたげだったが――彼なりの配慮だったのだろう。
結局、何も言わなかった。
いや、正確に言えば、私に一切触れなかった……というべきか。
とりあえず、この一連の出来事をペティ――エリザヴェッタ・ペトロヴァに伝えることにする。
方法は簡単だ。
床に触れて、彼女の位置を特定する。
そうすれば、任意の座標に対して情報を共有することが可能になる。
ロックをかけるか、あるいはステルスコントロールを行えば、誰にも察知されない。
だが、距離的にルドルフへ伝えるのは難しい。
不可能ではないが、容易でもない。
いくら神経伝達とはいえ、障害物があるならまだしも、広い空間が多く存在する。
その中には真空地帯もあるようだ。
どうやら、この伝達方法とは相性が悪いらしい。
しまったな。
――あまり離れないでくれ、と言っておくべきだったか。
私も元・指導者の端くれ。
指揮を執る力量はあるつもりだったが、甘かったな。
ベンゼル? 何をしている?
こんなときにチョコレイトバーとは……。
なんの真似だ?
試しに一口かじってみる。
袋を開け、銀紙を丁寧に取り除く。
さすがに捨てるわけにもいかない。
ベンゼルが手を差し出してきたが、手で制し包み紙をしまっておいた。
ベンゼルが表情を綻ばせる。
……何がおかしい?
私の顔がそんなに面白いのか?
なぜ薄ら笑いを浮かべている。
――ああ、なるほど。
頬にチョコレイトがついていたのか。
どうやら、ゾンビのような顔をしていたらしい。
フレイバーは抹茶。
どこの州で作っているんだろう。
うまかったな。
ん? 今度はなんだ?
近くの水たまりを覗き込むと、頬の抹茶に気づいた。
……ん? どういうことだ?
瞳が、緑色に光っている。
――そういうことか。
合点がいった。
アップグレードだな。
人工眼球に暗視機能が追加されたようだ。
参ったな。
これでは電力消費が著しく大きい。
電気代が気になるところだ。
USZの経費で処理しておくか。
ペティに叱られなければいいが。
さて――アップグレードのダウンロードは完了した。
あとは、追うだけだ。
助かった、ベンゼル。
神経伝達を通して、ベンゼルが「左だ」と告げてきた。
……何もいない。
まさかと思い、私はベンゼルを突き飛ばした。
――見える。見えている。
白い忍者のような影。
その茶色い瞳に、私の翠の眼光が反射する。
目が合った。
動けなかった。
刀を抜く暇もない。
だが、逃げるわけにはいかない。
こっそりとカメラアイを起動し、記録を開始する。
……気づいたか?
動かない。何もしてこない。
おや、視線が外れた?
どういうことだ。
私は、ベンゼルからもらったチョコレイトバーの包み紙を、もう一度見つめた。




