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気がつけば、私は飛び込んでいた。
あの男の言葉が、いまも耳に残っている。
――「考えてはならない」
ああ、もちろんだとも。考えはしない。
やってやろうじゃないか。
私にしかできないことを。
私だからこそ成せることを。
この手で、今、掴み取るんだ。
ガタッ――音が響く。
反射的に、四次元空間から転送した手裏剣を放った。
だが、何もいない。
奇妙なことだ。
音がしたと思えば、姿がない。
気配を感じたと思えば、誰もいない。
その瞬間、私は――考えてしまった。
――「私の選択は、正しかったのか?」
過去の選択が脳裏をよぎる。
三年前、私が“サラサ”になることを決意しなければ、
この因果は生まれなかった。
選択が選択を生み、
その連鎖が歴史を紡ぐ。
私は確かに、この手で歴史を掴んだのだ。
……待て。
あの消えた男――奴は、特異な能力を持っているに違いない。
そうでなければ、あの一瞬で床に穴を開けるなど不可能だ。
穴を開けた理由は何だ?
地下戦闘が得意だからか?
あるいは、逃走経路を確保するためか?
……塞がれたらどうなる?
しまった。
この迷路のような洞窟を走り回っているうちに、
穴が閉じてしまった。
もう、手遅れだ。
どうする?
探すか? それとも戻るか?
そうだ、光を探せば――
いや、待て。先ほどの白い光……あれは奴の仕掛けた罠か?
してやられた。
完全に、まんまと引っかかった。
あの光は、穴を塞いで逃げるための陽動だったのだ。
男はどこへ――?
背後から、鋭い痛み。
視界が反転し、私は気を失った。
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……ここはどこだ?
小屋の中か?
ひとりの老人がいる。
彼は静かに佇み、何かを待っているようだ。
手には、白いハンカチ。
声を出そうとしたが、
時間の流れが、ゆっくりと、異常に遅くなっていく。
だが、思考だけは止まらない。
時間の枠を超え、回転しつづけている。
――間違いない。
これは「永遠落下」だ。
永遠落下には、一定の規則がある。
どんな環境でも起きるわけではない。
私は……夢を見ているのか?
永遠落下の夢を。
老人がこちらを振り向き、
ハンカチを静かに振る。
笑っていた。
皺だらけの顔に、憎しみも恐怖もなかった。
ただ、優しさだけがあった。
私は、永遠落下の中で伸びていく自分の体を、
ただ呆然と感じていた。
――これが、回転しつづけるということか。
おじいさん、ありがとう。
そう呟き、瞬きをした瞬間、
私は再び、あの迷路の中にいた。
……ここは?
何だったんだ、今のは。
変な夢だ。
体を起こし、地面に手を触れる。
現実の感触だけが、そこにあった。




