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だから、なんだというのだ。
私は諦めを知らず、ただ馬鹿正直に前へ進むことしかできない。ひたすら、前へ、前へと歩を進める。
歩けど歩けど、地下は暗く、明かりのひとつも見えない。私は耐え切れず、思い切り叫んだ。
――私は何をしているんだ。
その瞬間、我に返り、自分の声が自分のものとは思えなくなった。
あゝ、星の民よ。
どうか私に助言を与えてくれないか。
なぜ「戻れ」と言うのだ。
その理由を、答えを、教えてはくれないか。
だが、戻ればすぐそこに忘却が待ち構えている。
私は戻るわけにはいかない。
私にできるのは、記憶すること。
覚え、刻み、書き記すこと。
それしかない。
誰かに助けを乞うべきなのか?
だが、誰もいない。
私に何ができる。
一人で、何ができるというのだ。
――そうだ、何もできないではないか。
無力だ。ひとりは、あまりにも無力だ。
三人寄れば文殊の知恵。
では、一人ならその知恵の三分の一を使えるのか?
そんなはずはない。
私はやがて忘却される。
誰にも知られぬまま、誰にも会えぬまま、ただ消え去っていく。
だからこそ、忘却される前に、何かを残しておきたかった。
私は殴り書きのように、壁へ文字を刻む。
意味すらわからぬまま、腕を止めることなく動かし続けた。
やがて、そこに浮かび上がったのは――
「SARASA」
私の血で描かれたその文字であった。
――繋がっている。
私は、ついに思い出した。
彼女の名前を。
サラサ。
そうだ、それが答えだ。
サラサよ。
聞こえるか。
「……聞こえるぞ」
どこからともなく声が響いた。
確かに、それはサラサの声だった。
私はむしゃくしゃして、壁を思い切り殴った。
痛みが全身を駆け抜け、耐えきれずに苦悶の表情を浮かべる。
腕を抑え込むと、拳は赤黒く腫れ、白い部分――おそらく骨――が覗いていた。
その異様な光景に、私は自分自身が恐ろしくなった。
何をしているのだろう。
怒りを壁にぶつけても、返ってくるのは痛みだけだ。
「壁に耳あり障子に目あり」とは言うが、まさか壁そのものが私の声を聞いているとは思わなかった。
そして――。
壁から、にゅうっと異形の怪物が姿を現した。
それは、蟻であった。
だが、顔だけは姉のものをしていた。
――吐き気がした。
私は思った。
この蟻と戦わねばならないのか、と。
使い物にならぬ腕を必死に押さえ込み、私は「玉」を念じる。
次の瞬間、蟻はまるで影法師のように、すうっと消え去った。




