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更紗の脈理  作者: VIKASH


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4

 



 だから、なんだというのだ。

 私は諦めを知らず、ただ馬鹿正直に前へ進むことしかできない。ひたすら、前へ、前へと歩を進める。

 歩けど歩けど、地下は暗く、明かりのひとつも見えない。私は耐え切れず、思い切り叫んだ。


 ――私は何をしているんだ。


 その瞬間、我に返り、自分の声が自分のものとは思えなくなった。


 あゝ、星の民よ。

 どうか私に助言を与えてくれないか。

 なぜ「戻れ」と言うのだ。

 その理由を、答えを、教えてはくれないか。


 だが、戻ればすぐそこに忘却が待ち構えている。

 私は戻るわけにはいかない。

 私にできるのは、記憶すること。

 覚え、刻み、書き記すこと。

 それしかない。


 誰かに助けを乞うべきなのか?

 だが、誰もいない。

 私に何ができる。

 一人で、何ができるというのだ。


 ――そうだ、何もできないではないか。


 無力だ。ひとりは、あまりにも無力だ。

 三人寄れば文殊の知恵。

 では、一人ならその知恵の三分の一を使えるのか?

 そんなはずはない。


 私はやがて忘却される。

 誰にも知られぬまま、誰にも会えぬまま、ただ消え去っていく。

 だからこそ、忘却される前に、何かを残しておきたかった。


 私は殴り書きのように、壁へ文字を刻む。

 意味すらわからぬまま、腕を止めることなく動かし続けた。


 やがて、そこに浮かび上がったのは――


「SARASA」


 私の血で描かれたその文字であった。


 ――繋がっている。


 私は、ついに思い出した。

 彼女の名前を。


 サラサ。


 そうだ、それが答えだ。


 サラサよ。

 聞こえるか。


「……聞こえるぞ」


 どこからともなく声が響いた。

 確かに、それはサラサの声だった。


 私はむしゃくしゃして、壁を思い切り殴った。

 痛みが全身を駆け抜け、耐えきれずに苦悶の表情を浮かべる。

 腕を抑え込むと、拳は赤黒く腫れ、白い部分――おそらく骨――が覗いていた。


 その異様な光景に、私は自分自身が恐ろしくなった。

 何をしているのだろう。

 怒りを壁にぶつけても、返ってくるのは痛みだけだ。


「壁に耳あり障子に目あり」とは言うが、まさか壁そのものが私の声を聞いているとは思わなかった。


 そして――。


 壁から、にゅうっと異形の怪物が姿を現した。


 それは、蟻であった。

 だが、顔だけは姉のものをしていた。


 ――吐き気がした。


 私は思った。

 この蟻と戦わねばならないのか、と。


 使い物にならぬ腕を必死に押さえ込み、私は「玉」を念じる。


 次の瞬間、蟻はまるで影法師のように、すうっと消え去った。






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