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心が乖離している。
まるで、二つの画面を同時に見ているようだった。
一つの画面には、女性が映っている。
黒い髪に白い服。顔は見えない。
――誰だ。誰なんだ。
答えてくれ。
「あ……」
「また喋ったよ」
「怖い……お化けじゃない?」
ホログラムだ。
スクリーンに映さず、空間そのものに投影されるタイプの映像。
もう一方の画面では、私は“男”として映っているらしい。
そして、その女がようやく顔をあらわした。
真紅の唇、灰色の瞳――
純粋に美しいと思えた。だが、どこか違和感がある。
心にぽっかりと隙間が空いたような感覚。
その隙間は、埋めようとしても埋まらない。
やがて彼女たちは去っていった。
私を置いて、ただ一人残して。
半端でもいい。だが、身体だけは半端では困る。
――ここは、どこなんだ。
「気づいてる? 分離しているわ」
ペティ――エリザヴエッタ・ペトロヴァの声だ。
電磁波のノイズが混じり、くぐもった音で届く。
ああ、そうか。これが“現実”か。
「玉」
そう呟いてみたが、もちろん反応はない。
もう一方の画面では、私自身が第三者視点で映っていた。
奇妙な感覚だった。
自分を外から眺めているようで、どこに“私”が存在しているのか分からない。
もしかして、これは術中なのではないか?
そうも考えたが、理解が追いつかない。
私はただ、三人の様子を見つめ続けた。
どうしたらいいのだろう。
そんなことばかり考えては、歩き、眠り、食べる。
それを繰り返していた。
――精神乖離。
バグとも、異変とも呼ばれる症状だ。
ありがたいことなんて、一つもない。
せいぜい、うまいものを食べられるくらいか。
食べているときだけ、生きている実感がある。
時折思う。
もしタイムマシンが存在して、未来から持ち込まれたとして、
人はそれを本当に扱えるのだろうか。
便利で、使いやすいなどと――そんな簡単な話ではない。
タイムマシンの存在証明なんて、悪魔の証明に等しい。
だが、悪魔の薔薇は、今日も花の匂いを嗅いでいる。
――こちらは二つ目の画面。
もう一方は、すでにプログラムと化してしまった。
さて、この花園にたどり着いたようだ。
通称《蛍の花園》。
夜になると、無数の甲虫が光に引き寄せられて集まってくる。
あらゆる場所に光源が仕掛けられ、
まるで月光のように反射し、虫たちを誘うのだ。
蜜でも、樹液でもない。
光があれば、それで十分。
私はアイカメラを起動した。
目で写真を撮る。
ニューロウェア・インターフェースのメモリーパッドに記録しておく。
ひと通り、ニューライトに異常がないかを確認し終えると、
電脳をシャットダウンし、私は深い眠りへと落ちた。




