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暑いな。体感気温は三十六度ほどだ。
ベンゼルに触れただけで、彼の思考が流れ込んでくる。
ああしようか、こうしようか、それともそうしようか――。
曖昧だ。だが、ときにその曖昧さこそが、天をも貫く龍の飛翔となることがある。
「曖昧模糊」という言葉がある。
この言葉も、結局は“曖昧”と“模糊”を組み合わせただけの熟語にすぎない。
何が言いたいのか、と問われれば、大したことではないと答えるだけだ。
だが、人間の決断力の脆さは、こうした普遍的な曖昧さから生まれているのは確かだろう。
物事を見極め、選択する瞬間。
選択肢はいくつもあるようでいて、結局はゼロかイチ――やるか、やらないか。
その単純な二択に迫られるとき、私は先ほどのベンゼルの意思から心が乖離していた。
ああ、どうすればいい。
もう、どうにもならないのか。
――骨が折れるとは、まさにこのことだ。
腕が、おかしな方向に曲がっている。
なんだこれは? どうなっている?
いつ折られた? 痛みすらなかったというのに。
……畜生。こんなことがありえるのか。
――いや、ありえる。ここは電脳世界だ。
これは、何者かによるチート行為に違いない。
ズルをした、ということだ。
許せんな……。
許せんぞ。
今、しかと見た。
貴様がそうなのか。
なあ、ベンゼル。
何を笑っている。笑い事ではないぞ。
アバターを修理するには金がかかるんだ。
まったく、世話の焼けるやつだ。
――ああ、安息が欲しい。
どこからか、「レクイエムはどうだ?」と声が聞こえた気がした。
おかしい。何も聞こえるはずがない。
……これもチートか? そういうことか。
私は「玉」を念じた。
たった今、忘れかけていた。
忘却――その名の恐怖が、全身を駆け抜ける。
苦しい。
ど、どういうことだ。
既視感だ。
どこかで……どこかで聞いたことがある。
駄目だ……頭が痛い。思い出せない。
電脳よ、起動してくれ。
お前だけが頼りだ。
――それでも駄目なのか。
頼む。もう一度言う。
お前だけが頼りなんだ。
私は、目を覚ました。
小屋があった。
知らない四人がいた。
彼らは、まるで私たちのように生活している。
これは……なんだ?
夢か? 夢なのか。
ああ、夢に違いない。
――やってやろう。私ならやれる。
だが、これはディープスリープか。
電脳世界でディープスリープに入ると、帰ってこれなくなる。
それだけは避けねばならない。
帰らなければ……
「ねえ、いつから気づいてた?」
「あ……」




