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頭の奥で、誰かの声が囁いた。
曖昧で、憶測でしか判断できないようなその声に、心を奪われる。
『誰だ』
星の民か? ……いや、そんなはずはない。
だが、何と言っていた?
認識できなかった。
私も、まだまだだな。
電脳端末を脳内で確認する。
『ヴィー・ウーバーラシェント』
自動翻訳が起動する。
『さすがだね』
……ニューロウェアインターフェースの誤作動か?
誰の声だ。
まるで機械が作り出したかのような音質。
――『DIVE』
間違いない、あれだ。
そうとしか考えられない。
誰だ。誰がやっている。
答えろ。私の問いに答えろ。
頼む、応答しろ。
どう考えても、おかしい。
私は何と言われた?
その一言が、心を揺さぶった。
……やられた。
エリザヴェッタ・ペトロヴァ――ペティの言葉に、仲間意識を抱いてしまったのが、そもそもの誤りだった。
だが、まだ早いのかもしれないな。
――やってやる。
「ベンゼル、ペティ、敵だ」
「何言ってやがる……?」
「え?」
ベンゼルもペティも、困惑していた。
気づいていないのか。
彼らはすでにヘリに乗り込んでいた。
その前に、私が立ちはだかる。
身も心もボロボロだが、これしか道はない。
『これより、電脳を展開する』
始まった――『DIVE』戦だ。
しまった。もう少し早く気づいていれば……。
海賊版のまま安心していた自分が、愚かだった。
海賊版。つまり、誰でも侵入できる。
沈むのか。
日本帝國は、このまま沈んでしまうのか。
海の藻屑となる前に――。
誰だ。正体を見せろ。
でなければ、私はヘリになど乗れない。
わかっている。
私が愚かだったことくらい、一番よくわかっている。
……利用されていたんだな。
ベンゼル。チョコレイトバー、うまかった。
『ザーク・ディーネン・ナーメン(名前を言え)』
『シュピナー(いかれてるやつ)』
知ってるさ。
貴様が一番、よく知ってるはずだ。
『エルツェール・カイネ・リューゲン(嘘をつくな)』
『イッヒ・ビン・ルドルフ・ヴァレンシュタイン(私はルドルフ・ヴァレンシュタイン)』
――喋る必要はなさそうだな。
こちらから行く。
機動力、確保。
『飛車』
さあ、どう出る?
『トゥルム(ルーク)』
……なんだと。
ほぼ互角か。
だが、こちらにはまだ手駒がある。
私は電脳世界を、上へ――上へと飛翔した。
これで、ついてこれまい。
ルドルフ・ヴァレンシュタイン。
楽しかった。
面白かった。
――また会えるといいな。
貴様の脳は、もらっていく。




