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「やあやあ、ずいぶんボロボロじゃないか。これと交換するか?」
「おもしろいな」
――ちっとも、おもしろくなどない。
私が求めているのは、脱獄だ。
まさか、こんな場所で戦うことになるとは思ってもみなかった。
ああ、勘弁してくれ。
もげた腕に、ひしゃげた脚。
感覚なんて、まるで虫のそれじゃないか。
……まあ、虫になったことはないけれど。
怒りで触角でも生えてきそうな気分だ。
「ニューロウェアインターフェースは装備しているのか?」
ん?
外国語か? それとも彗國語?
――いや、待て。
『NWIF (エヌダブリュアイエフ)』。
文字通りニューロウェアとは神経端末のこと。
電脳化した人間は、このシステム内に存在するニューロウェアと呼ばれるソフトウェアを介して
『DIVE』を行うことができる。
実のところ、私がダイブを使わなかったのには理由がある。
監獄の看守にダイブし、脳を乗っ取ってしまえば、脱獄など容易い。
だが――訳あって使えないのだ。
まず、価格が高すぎる。
それに、囚人や犯罪者は問答無用で強制的に取り外される。
ピリッと微弱な電流が流れるだけ。
大して痛みはないが、静寂と退屈が押し寄せ、
私は一週間、ただひたすら待ちぼうけを食らっていた。
ああ、退屈だ。
数字でも数えてみるか――いや、待て。
四色定理だ。
そう思った瞬間、私の電脳がハッキングされた。
視界が一瞬でモノクロに染まる。
「暇つぶしをつぶすな」と言いたかったが、
くだらなすぎて胸の奥に飲み込んだ。
「装備しているように見えるか?」
そう言うと、ベンゼルが俺にチョコレイトバーを差し出した。
「食え」
「……わかった」
黙って食べ終えた瞬間、吐き気が込み上げた。
気持ち悪い。
じゃりじゃりしていて、鉄の味がする。
「チョコレイトバー・ナノテク味だ」
「……趣味が悪いな」
要するに、そのナノテク入りチョコバーには
ニューロウェアインターフェースが仕込まれており、
『DIVE』が使用できるというわけだ。
「早速やろうか」と思っている間に、
奴はもう一本平然と食べていた。
どこにそんなナノテクバーを隠し持っていたのやら。
――おっと、失礼。チョコレエトだったな。
この際、どっちでもいい。
どうせ食うなら、タブレットの味のほうがマシだ。
もう、飽きたが。
「遅い。待ちくたびれたわ」
ベンゼルがライフルを構える。
私はボロボロの体で、思わずベンゼルを盾にした。
女か?
いや、私も女だが――
この女、まるで季節外れのサンタクロースだ。
真っ赤な帽子をかぶっている。
「聞こえてるわよ。サンタクロースじゃなくて、“姫”なんだけど」
――ああ、白雪姫。いや、赤雪姫の間違いだろう。
返り血を浴び、深紅に染まったというあの女。
なぜ、悪魔の薔薇がここにいる?




