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「拳ひとつで充分だ」
ベンゼルは手袋をはめ、指紋が残らぬよう細心の注意を払った。
指紋でも残そうものなら、「殺戮者の復活」など夢物語となってしまうからだ。
「仕方ない」
そう呟き、監獄の廊下を進む。
右手にはチョコレイトバー、左手にはライフル。
普通なら逆だが、ベンゼルは左利きである。
銃を撃つ時も、食事をする時も、鼻をぬぐう時も、箸を持つ時でさえ左手。
だが、チョコレイトバーだけは右手で食べるのが彼の流儀だった。
曰く、「右手で食べると左脳が活性化し、創造力が育つ」らしい。
チョコレイトバー好きの中年男の考えなど、たかが知れている。
せいぜい金か娯楽か、あるいは一日に何本食べようかという程度のことだ。
もちろん、チョコレイトバーの話である。
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パーツを安っぽい合金に取り替えられていた。
だが――問題ない。
「玉」を放てば、この監獄に道が開く。
そう思っていたのは、あまりにも安直で、あまりにも甘かった。
私は思い知らされた。
元々、私の手足はチタン合金製だった。
チタンは高価である。良くも悪くも、だ。
どうしてくれる。
これでは、動けなくなるのが先だ。
銃弾すら弾かない。
牢の鍵を開けるまでは順調だったのに――なぜこうなった。
何がレベルシックスだ。
レベルマックスの間違いだろう。
勘弁してくれ。
なぜかって?
いきなりレーザー光線を浴び、体が粉々になるところだった。
かろうじて桂馬で防いだが――どうしてここに戦車がある。
説明しろ。
『説明の余地なし』
星の民か。くだらん。
論拠など聞いていない。
私が訊きたいのは、脱獄の方法だ。
鳴り止まぬアラーム、耳障りな音。
故障した放水機――これでは手足が錆びる。
どうしてくれる。
目の前には、黄色い光を放つ目を持つロボット。
高性能だな。あの関節……フレキシブルか。
さすが彗國製といったところか。
「来い、ガラクタ――」
ガトリングだと?
盾は? ない?
ない、ない、ない……どうしてくれる。
この一帯には謎の電波が流れており、特異能力は封じられているようだ。
私は舌打ちし、嫌悪感を隠さず舌を出した。
――畜生、どうしてくれようか。
おい、ガラクタ。
ガラクタの不始末は、世間に悪い。
ここで尽きてもらう。
そう思った瞬間、ロボットの視界――背後に、銀紙がひらりと映った。
「殺戮者、これでいいか?」
男はロボットの胸を貫き、コアを一突きで鷲掴みにしていた。
私は――笑いが止まらなかった。




