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ここは西なのか。
地獄のような光景が広がっていた。
赤い空から、戦闘機が次々と墜ちていく。
援軍が来たのだ。
――私を助けに。
ベンゼルは黙ったまま、懐からチョコレイトバーを取り出し、無言でかじった。
……菓子が好きなのか。
その程度のことしか、頭に浮かばなかった。
足元に波が打ち寄せる。
だが、感覚はない。
痛覚遮断――それは、感覚を切り離すことで可能となる。
本来なら、感覚遮断は行ってはいけない。
だが、この状況では、それも意味をなさない。
私は敗北に等しい状態にあった。
両腕を失い、片足だけが残っている。
墜ちていく戦闘機を、ただこの目で見つめていた。
――そうか。負けたのだな。
紀元三三九〇年。
西の國「彗國」と日本帝國は、全面戦争へと突入した。
戦禍の殺戮者と呼ばれたサラサという人物は、彗國への奇襲を行った罪で、国家反逆者とされた。
彗國の司令官ベンゼルは、彼を救ったとして裁判にかけられた。
すべての権利を剥奪され、「死神の傭兵」という異名を与えられたベンゼルは、今もどこかで“忘却”を請け負う仕事をしているという。
南と東の國――日本帝國は、最高責任者であるサラサを失い、急速に衰退していった。
次々と権力者が総裁の座についたが、政治は混乱し、民は暴動を起こした。
人口だけが増え続け、失業者が溢れ、ストライキが各地で頻発した。
そんな噂を、私は彗國の牢獄の中で耳にした。
大犯罪者として幽閉されていたのだ。
牢にあるのは、タブレットと透明な液体だけ。
それを口に含むと、疲労が少しずつ取れていった。
タブレットには果実のような味があり、味覚に作用する仕掛けが施されていた。
ベンゼルがチョコレイトバーを食べていた理由が、少しだけ気になった。
だがこのタブレットは大量生産が可能で、安価だという。
囚人の私には、これくらいが相応しいのだろう。
私はA級戦犯として裁かれた。
国家秩序の破壊、無責任な行動と発言、そして人権の剥奪。
――生きる術を、見失っていた。
一週間ほど、地下労働に従事しながら時間を過ごしていたある日。
面会人が現れた。
姉だったら嬉しい。
だが、そうではないと直感した。
「誰だ」
「俺だ。死神だ」
「死は俺を迎えに来ない。自殺する気もないぞ」
「違う。これを食え」
通話口から、袋に入ったチョコレイトバーが落ちてきた。
私は受け取り、袋を開ける。
――中には、牢の鍵が入っていた。
「何しに来たんだ」
「殺戮者の力が必要でな」
面会は、そこで終了した。




