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機動力を上げるため、私は零とから電力とパーツ、核エネルギーを供給した。
ここでくたばっては、帰れない。
生きて帰る。即ち、倒す。
最初からそう決めていた。
この男が格上であることは承知している。だが、下剋上に上限はない。
「飛車・零式」
私は音速を超えた。瞬間、音が消えた。
無音。音は置き去りにされ、私はベンゼルを抱えたまま急降下する。
最初は不思議だった。なぜ、人間が空を飛べるのか。
羽もない、翼もない。スクリュー構造でもない。ジェットもブースターもない。
ここはファンタジーの世界ではない――
「科学至上主義の世界だろう」
ベンゼルの言葉が頭を掠める。
参った、いや、参ったな。
そうか、そういうことか。
この男――前に一度会っている。
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「姉貴、連れてきた」
「助かる」
「よせ。俺は忘却されたくない」
「最後に言い残すことはあるか?」
「地獄から蘇って、貴様の脳天に弾丸をぶち込んでやる」
だが、その願いは叶わなかった。悔しくも、彼は忘却されたのだ。
印象に残ったのは、銀髪と琥珀色の瞳だけ。
犯罪者だから売った――それだけのことだった。
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直後、私は頭を撃ち抜かれた。
安心してほしい。死なない。
換装して、戦い続ける。
「なあ、いつから機人と成り果てた」
どこに隠していたのか、旧式のピストルを。なかなかやるじゃないか。随分と私を楽しませてくれる。
これは演出か? いや、現実だ。
私でなければ、銃弾を掴む真似事などしないだろう。いや、できないかもしれない。
「角・零式」
驚くべき顔つきだ。鬼のような面構え。
私は速度を落とし、「桂馬」に切り替えてベンゼルとの力量を分散させた。
これでよかったのだ。
「見苦しいぞ。生かして何になる? 俺は、貴様を打った。その意味がわかるか」
「どうやって影から生還した」
「……そんなわけないだろう」
動揺が見て取れる。こいつは一体何者なのだ。
「俺は、忘却されてないぞ……」
「誰が忘却と言った。私は何も言っていない」
苦悶の表情を浮かべる彼に、私は泳ぐように近づいた。
あるのか――あるのだとしたら、サラサ……
私の姉は、帰ってくるのだな。
私はベンゼルを近場の岸へと運んだ。




