25
タンクトップの男だった。サングラスをかけ、ふんぞり返っている。
――何事だ?
私は、夢でも見ているのか。
「ここからだな、南の殺戮者」
……私の名を知っている?
何者だ。私を“南”と知る者など、そう多くはない。
日ノ刀・怪を構え、戦闘機の上で振るう。
エンジン系統が故障し、耳障りな音が空気を裂いていた。
「覚えておけ、殺戮者。
俺は――ベンゼルだ」
「六道輪廻・人間道」
なんだ……様子がおかしい。
常軌を逸した何かが、迫ってきているのか?
震えが止まらない。おかしい。おかしいぞ。
どうなっている。
日ノ刀を握りしめたまま、私は退避した。
爆発。轟音。
耳鳴りが響く。
――うう、苦しい。
人工肺もないのか?
ポンプを動かせ。
人工血管に血液を送れ。
この血液がなければ、私は生きて帰れない。
それにしても……滑稽な話だ。
日本帝國の首相であるこの私が、奴隷のように扱われるとは。
時代が変わっても、人間の本質は同じか。
雇われ、無様に働き続け、
無意味に、無解釈に、それを“本望”と抜かす腑抜けども。
だが、私が求めているのは――“本物の自由”だ。
ならば、やってみようではないか。
逃げる? そんな選択肢は、とうに捨てた。
ベンゼル……武士のような男だ。
名乗ってくるとは、面白い。
相手になってやる。
「ベンゼル……だったな」
「面白い。俺に向かってくるか」
「当たり前だ。首を寄こせとは言わん」
「どうするつもりだ」
「――斬る」
その瞬間、ベンゼルは腹を抱えて、背中から倒れ込んだ。
自爆か? パラシュートは見当たらない。
どういうつもりだ。
「俺を知らないようだな。教えてやる」
私は目を疑った。
ほんの一瞬――男が“空間”を作り出していたのだ。
六角形……?
何だこれは。
別の時間が流れている。
ベンゼルの肉体が、急激に成長していくのが見えた。
十五歳の少年が、一瞬で二十五歳の成人になるかのように。
痩せ細っていた身体は筋骨隆々に膨張し、
彼は、宙を歩いていた。
――これが西の力か?
どんな科学技術を使った?
国際法に触れているに違いない。
そうとしか思えない。
なぜなら、ベンゼルは機械化を一切していない。
常人がこの高度をマスクなしで動くなど、不可能だ。
どうなっている……。
「最も恐ろしいのは――人間だったりしてな」
高らかに笑うベンゼル。
面白い。ああ、面白いな。
もう笑うしかない。
“人間に不可能はない”――そう言ったのは、私自身だ。
この二週間の演説でも、何度も使ってきた言葉だ。
思い返せば、くだらない。
信用を得て、国を思いのままに動かすだけ。
そんなことで、私の価値が上がるのか?
上がるものか。
だから私は、いつまでも二流なのだ。
ベンゼル……だったな。
――私には、まだ秘策がある。
奴の目が、光った。




