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椅子に腰を下ろし、ミルクティーを嗜む。知らない街だが、悪くない。ここはおそらく、日ノ國の北西あたりだろう。指導者を倒して以来、街は大騒ぎで、人々が無差別に宙へと舞い上がっていく。
だが、なぜか私だけが無視され、まるで存在していないかのように、ひとり取り残されていた。荒廃した喫茶店の片隅で、指導者が交代したという噂を耳にしたが、果たして本当なのか。この目で確かめたい。
さすがに四本脚は不便なので、この一ヶ月ほどは使っていない。そのかわり「飛車」が便利だ。
空を飛ぶなら「飛車」、地を駆けるなら「桂馬」といったところか。
ただ、「角」の汎用性はいまだに理解できない。いつ、どんな場面で使えばいいのか……そんなことを考えながら、「SARASA」のことをふと思い出した。
なにせ、影に呑み込まれたり、何者かが見たと言いかけたりと、すべてが曖昧になっているのだ。
私は今、殺戮者代行をしているが、殺戮者という存在はとにかく目立つ。血塗れの姿ゆえに、ペンキを塗って隠している。まるで塗装屋の真似事だ。
しかし、情報は一切掴めない。
飲み込まれていく人々は、増える一方だ。不思議なことだ。
人口が二百億に達したあたりから、人類は別の惑星へ移住するという構想を立てた。
いわゆる“コロニー”人間の生活環境を擬似的に再現した居住地のことだ。
実現など不可能だと思っていたが、奴らは海の上に国を築いてしまった。
まったく、人間というものは常軌を逸している。
私が特に関心を寄せたのは、超能力の研究、錬金術の実在性、そして魂の存在証明といった、形而上学の領域に属する研究だった。
そうした発展途上の学問や論文を読み漁った結果、技術的には一万年後でなければ不可能なはずだと結論づけていた。
だが──星の民と名乗る彼らによって、すべてが現実のものとなった。
信じがたいことだ。彼らは未来人なのか、それとも宇宙人なのか。
答えのない問いを我々に投げかけ、思索を促す。
実力ある研究者も、偉大な学者も、著名な教授でさえ、今では汗を流して肉体労働に従事している。
まったく、残念なことだ。ここに“遺憾”と記しておこう。
だが、星の民──彼らはきっと、私の声を聴いている。
それは音声ではなく、心の声として。
「録音完了だな。このテープを南へ届けてくれ」
「承知した」




