12
岩壁にしがみつきながら、眼下の鮫を見下ろす。
なんと大きな鮫だ。喰われてはたまらない。
――それでも、私にはまだ人の心が残っている。
私はこれまで「他人を売る」ような真似もしてきた。
だが、その中にひとり、勇敢な男がいた。
その男は身体を機械で覆い、いわゆる「機械化」を施していた。
不思議に思った私は訊ねた。
「痛くないのか?」
男は呼吸を繰り返し、笑いながら答える。
「痛いに決まっている」
そう言い放つと、赤い瞳でこちらを覗き込んできた。
「実はな、影から生還した」
――私は耳を疑った。
ありえない。そんなことが可能なのか。
だがもし可能なら、姉を助けられるかもしれない。
サラサ、待っていろ。私が必ず助ける。
同じ指導者の仲間として。
そして弟として――必ず。
私が存在している以上、姉さんを救わねばならない。
姉さんよ、聞こえているか?
聞こえるなら返事をしてくれ。
今、会いに行く。
――記憶に取り残される。
あれ? 私は記憶に「DIVE」したのか。
『DIVE』――記憶に潜ること。
鮮明な記憶を映画のように脳内に映し出し、見返すことができる。
ただし、その間は無防備になることを心得ねばならない。
そして、記憶を何度も追体験できるがゆえに、人々はこれを「ダイブ」と呼ぶ。
しばらくして、男が私の首を絞めた。
苦しい。人工筋肉による圧迫は耐えがたいほどだった。
ダイブ中でも「玉」は使えるのか?
考えすぎかもしれない。だが、やってみる価値はある。
「――玉」
男の腕が、消し飛んだ。
焦る様子が伝わってくる。
片腕を失い、隻眼の赤い瞳だけがこちらを射抜いていた。
その眼光は、ダイブを終えた後も脳裏に焼き付いて離れなかった。
「……なんだった。待て、どれほど時間が経過した?」
だがここに、時間を計測する道具はない。
太陽や月の満ち欠けで判断するしかないのか。
――厳しい世界だ。
ならば、抗ってやろう。
この終末に抗い、新しい時代を切り拓く。
偽りの「星の民」として生きるのも、一興かもしれない。
試す価値はある。
星の民よ、聞こえるか。
「飛べ」
承知した。
私は影へと飛び込む。
傍から見れば、イチかバチかの大勝負。
まさに羅新嘗胆である。
サラサよ、聞こえているか。
これより、そちらへ向かう。
きっと悲しむだろう。
だが、それは幸福か?
――違うな。
それは、ただの自己陶酔だ。
構わない。
私という人間は、いつだって本能に従って生きるものだから。




