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「飛車」のまま摩天楼へ突っ込んだ。爆音とともに、ガラスの破片が四方に散り、腕を切ったらしい。血が滲み、肌が焼けつくように痛んだ。
痛み――これほどのもの、どう処せばよいのか。
摩天楼の中は闇に包まれていた。やがて、乳母車がひとつ、こちらへ向かってくる。
ぞっとする。
誰かが押しているのか、それとも勝手に動いているのか。見当はつかない。だが、透明な人間が押しているわけではないことだけは確かだった。
透明な人間など、存在するはずがない。もし存在したとしても、誰にも気づかれぬ。それは生きながらの地獄であり、心を壊すに違いない。
そんなことを思いながら乳母車を覗き込むと――そこには姉の顔をした、不気味な赤子がいた。
私は赤子の傍らに置かれた哺乳瓶を口に押しあて、「世も末だな」とひとり呟く。
嫌な足音が響いた。六本足で歩いているかのような、不気味な音。
先に蟻だと思ったが、実際には巨大な蠍が群れていた。
「玉」を使う手もあったが、代償が大きい。
ここは「飛車」だ――そう即座に判断する。
「飛車」を用い、横へ高速移動する。机や椅子を弾き飛ばし、さらにガラスを突き破った。
もちろん痛みはあった。だが、蠍の毒針に貫かれるよりはましだと考えた。
「探しているのだろう」
ああ、また声が響く。
星の民――私を惑わせる者。そうに違いない。
だがこちらにも考えがある。
「飛車」を駆り、東へ進む。
それでよい。誰からも文句は出まい。
さて、東の指導者よ。現れるか、それとも私が先に辿り着くか。
「待て」
突然、足を掴まれた。そこにいたのは大きな男――北の指導者だ。
だが、なぜここに。私の目にはその姿が異様に映った。
二本の角が、頭から伸びている。まるで悪魔のごとく。
「貴様、悪魔か」
「これは『角』だ」
なるほど、特異な力か。面白い。
ならば私もやってみせよう。「飛車」の次は「角」だ。
まるで盤上を思い起こさせる。
だが「玉」には及ぶまい――そう踏んでいた。
力強い体当たりを喰らうまでは。
吐瀉物が込み上げ、私は二本の角を押さえ込んでいた。
「やられてたまるか」
「なぜ、待たなかった」
「どういう意味だ」
「騙されていると、なぜ気づかぬ」
人は裏切るもの。
こうも容易く裏切られるとは――あまりに哀しい。
ああ、無常。
私は「飛車」を使い、北の指導者を抱えたまま急降下した。




