10年来の幼馴染に彼女がいた――振られた彼に、気づけば私は告白していた
幼馴染の律に彼女がいると知った瞬間、私の世界は小さく砕けた。
◇ ◇ ◇
「律、最近どうかしたの? なんか元気ないみたいだけど」
私は自室のベッドに座りながら、友達の律に電話をかけていた。
正確には幼稚園から高校まで続く、ただの腐れ縁だ。
「綾音にもそう見えるか……参ったな……」
いつも通り笑っているのに、覇気のない声音が耳に残る。
気になったけど、心配してるなんて悟られるのは嫌だった。
「好きな子に告白して振られでもした? それなら慰めてあげようか?」
私は指先で、薄茶色のセミロングをくるくるといじりながら言った。
「律ちゃんの頭、よちよちしてあげるよ。辛かったでちゅね~、もう大丈夫でちゅからね~、ってさ」
冗談めかして突き放す言葉が口に出る。
落ち込んでる相手にこんな事を言うべきでないのは分かってる。
だが、律相手には何故かこういう調子になる。
「ははっ。それは遠慮しとくよ。綾音は俺の事を気にかけてくれてホントに良い奴だよな」
今の会話のどこに良い奴の要素があったのか理解に苦しむ。
この男はドMなんじゃないかとたまに思うほどだ。
「悩みでもあるの?」
「うーん……まあ、あるっちゃあるかな……」
曖昧な返事に私は落ち着かなくなった。
「へーそれは大変だね」
あえて無関心を装うように言葉を選んだ。
「おいおい、他人事みたいだな」
笑い混じりの声が耳をくすぐる。
「事実、他人事だしね。律だったら尚更」
……本当はほんの少しだけ彼の悩みが気になった。
けれど、これ以上根掘り葉掘り聞くのは彼に興味があるみたいで嫌だった。
「それじゃあ部活で疲れてるし、そろそろ切るね」
「綾音はいつも部活に打ち込んでて、ほんと凄いよな」
褒められてほんの少しだけ心が緩んだ。
……そんな感情が湧いた自分に少し苛立った。
「律もバド部でしょ。もっと頑張るようにね。それじゃ」
そう言って私は通話を切った。
◇ ◇ ◇
――それから一週間後。
私は律の家にいた。
私は律の部屋でのんびりとごろごろしている時間が好きだ。
学校も部活も終わった夕方すぎに行って、2人きりで、彼が持っている漫画を読んだり、面白くもないTVを見ながら何気ない話をしているときが、自室にいる時間よりも居心地が良かった。
合鍵はおばさん――律の母親から借りてある。
『綾音ちゃんは律と仲が良いし、家族同然だもの』、そう言って合鍵を渡されたが、さすがに危機管理がなってないのではと思わなくもない。
それに、この合鍵が私と律が仲の良い証明と言われているようで、なんだかむずがゆくなる。ただの腐れ縁にすぎないのに。
いつものように律の部屋へ向かった。
最近、律は忙しくなったから、これで不在だったらムカつくが、その時は彼の部屋で漫画でも読んで時間を潰そう。
ノックした後にドアを開けた瞬間のことだった。
「待ってくれ!
別れたいなら最後に1度だけ話し合おう!」
ドアを開けたら早々に聞こえてきた言葉。
後ろ姿の律が携帯で誰かと話している。
「日曜日……日曜日に何とか休みを作る。だから、頼む……!」
電話越しだというのに、彼は目一杯お辞儀をして相手に頼んだ。
彼に恋人らしき相手がいた事実に衝撃を受けた。
少し……いや、かなり呆けて彼の通話を聞いている。
「今回は絶対、土壇場で用事が入らない様に調整する……お願いだ!」
……そんな必死な声、私には向けられたことがない。
そう気づいた瞬間、胸の奥がきゅっと苦しくなった。
それに、必死で頼みを乞う彼を見ているとムカムカした気持ちが溢れてきて仕方がない。
彼なんかの恋愛事情で感情を揺さぶられるのがほんの少しだけ悔しかった。
「――そうか! 分かった、ありがとう!
時間は……12時。いつものカフェで会おう。
それじゃあ、また」
私に気づかないまま彼は通話を切った。
プライベートな話をしているのだから、廊下へ出るぐらいの配慮はすべきだっただろう。
だけど正直に言って、私は最後まで彼の話を聞きたかった。
盗み聞きをするなんて、いくら律相手でも失礼極まりないのに……。
「ふぅ……。
……? ――あ、綾音! いたのか!?」
「こんばんは。律」
私はいつもの口調で淡々と挨拶した。
内心はさっきまでの通話内容が頭から離れず、落ち着かない。
「あ、ああ……こんばんは、綾音……」
彼が挨拶すると場にしばらく沈黙が落ちる。
「あ、綾音……そのいつからいたんだ?」
「『別れたいなら』、のところから」
自分でも、嫌味っぽく棘を含んだ声色になったのが分かった。
「はは……参ったな」
彼は苦笑いした。
「……ごめん。盗み聞きして」
さすがに相手が律でも盗み聞きしたのは非難される事だ。私は素直に謝った。
「いや、いいんだ……俺も後ろに綾音がいるなら気づくべきだったからさ……」
彼はバツが悪そうに軽く笑みを浮かべた。
「それで、彼女とはなんで喧嘩になったの?」
「えっ……?」
自分でも何故か分からなかったが、どうしても彼とその恋人の話を聞きたかった。
彼の恋愛事情なんて、私には何の関係もないし、興味もないはずなのに――。
「いや……その、それは彼女のプライバシーにも関わるし……あんまり話す訳にはいかないというか……」
「詳しく話さなかったらこの話をクラスや学校の皆に言いふらすよ。律は甲斐性無しで恋人を怒らせるダメダメ男で~す、って」
「あ、綾音……」
彼は困り顔になる。
いくら私でも実際にそんな事はしないが、効果はてきめんのようだった。
「なあ、綾音……なんでそんなに俺と恋人のもつれ話を聞きたいんだ?」
「知らなかったろうけど、私、恋バナって結構好きなんだよね」
嘘だ。
そんな話、微塵も興味がない。
だけど律の場合は、何故だか気になって、気になって……どうしようもないほど気になって仕方がなかった。
「……分かった。そこまで言うなら話すよ」
彼は観念したようだ。
「愚痴を言うようだがうちのバド部って結構、忙しくてさ……アルバイトもやってるから尚のこと時間がなくてな」
「ふーん……。それで?」
わざと気のない返事をする。
だけど、私は一言一句逃さず聞こうとしていた。
「……それでその、恋人とは半年前から付き合い始めたんだ。きっかけは女子バド部と交流があってさ。その子もバド部で、それでそこから仲良くなったんだ。……でも付き合い立ての頃と比べて会う機会が減ってな……。
彼女と会う約束をドタキャンした事も何度もある……」
「へぇ。最低だね」
半年前から付き合ってた……!?
私にはそんなこと一言も言わなかったのに……。
なんで律は私に言わなかったの……?
律に取って私がその程度の存在だから……?
だとしたら……たまらなく悔しかった。
「まあそれで今日、彼女が別れたいと言ってきてな……。その前に1度だけ話す約束を取り付けたんだ」
「……なるほどね」
私は努めて平静に返したが、声が少し震えた気がした。
「でも、彼女と次会った時に別れなかったとしても、現状が変わらないなら遅かれ早かれ破局するんじゃないの?」
自分が酷いことを言っているのは理解している。
だけど、どうしても止められなかった。
「それは……。
……いやぁ、今日の綾音はいつにもまして手厳しいな」
――彼が別れてくれたらいいのに。
そんな想いが胸中に去来してまた苛立つ。
彼の事には大して興味がないのに、何故、彼の不幸をここまで願うのだろうか……意味が分からない。
「厳しくても事実は事実だよね?
結局別れるならお互い早い方がいいんじゃないの」
「……」
彼は黙ってしまった。
私も言い過ぎだと、これ以上踏み込んでいい話じゃないと、それは分かっているのに言葉は止まらない。
「まあ、決めるのは律だから、これ以上言うのはよしとくよ」
私は自分に言い聞かせるように言った。
そう言わないと余計な事をあれこれ言ってしまいそうだから――。
それで、この日は話は終わった。
彼と同じ部屋にいる気分にもなれず、律たちがどうなるのか気になる気持ちを抑えながら自宅へと帰った。
「こんばんは。律」
「こんばんは、綾音!」
いつものように、夜、彼の部屋へ入ると開口一番明るい声で挨拶された。
律はいつにもまして元気な様子だ。
「今日はやけに元気だね」
今日は月曜、律とは昨日は会っていない。
昨日は約束通り恋人と話をしにいったのだろう。
「……っ」
彼の明るい様子が気になって、心臓が少し跳ねた。
私はもう恋人とは別れる事になると思っていた。
だけど、この様子じゃもしかしたら別れなかったのかもしれない。
……。
また、律が彼女と別れてほしいと思っている自分に気づき、嫌気がさした。
「彼女とはどうなったの?」
これだけは聞かずにはいられなかったので、ストレートに彼へ聞いた。
「え? 綾音……彼女って……」
「律の恋人の件。どうなったの?」
早く――早く教えて――。
「綾音……。
まあ、分かったよ。みんなに甲斐性なしと言いふらされたんじゃたまったもんじゃないしな」
彼は軽く笑っていったが、私はさっさと話してほしくて少し苛立った。
「まあ……その、彼女の件だけど――」
彼は言い淀んだ。
……なんで黙るの?
心臓の鼓動がうるさく脈打つ。
額に汗が一滴垂れる。
「で、どうなったの?」
……お願い……。お願いだから早く言って……。
お願いだから別れたと早く言って……!
「……別れることになったよ。友達としてやっていこうってなったけど……そんな空気じゃなかったな……」
苦笑いしながら彼は言った。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で張りつめていた糸がぷつりと切れた。
思わず大きく息を吐き出し、肩がわずかに震える。
安堵に似た感覚が体を駆け抜ける――。
だけど……同時に込み上げてきたのは別の感情だった。
私は幼馴染の不幸をこんなにも嬉しいと思っている――。
自分の中に巣食う黒い感情を見つけて、吐き気がするほど嫌悪した。
「へぇ、それは可哀想だね。よちよちしてあげようか」
「ははっ、それは遠慮するよ」
けれど同時に、頭のどこかで声が囁いていた。
――律はすぐにまた、新しい誰かを見つけてしまうんじゃないか。
……そんなの、ただの妄想かもしれない。
だけど、いつまた彼女を作るか分からない律を――。
恋人を作っても私に黙ったままの律を――。
放っておくのがたまらなく怖かった。
――だったら。
もしかして、今この瞬間こそが、私に残された最後のチャンスなんじゃないの……?
「……っ」
そんな強迫観念に駆られていく。
胸の奥から湧き上がる焦燥感に押し潰されそうになる。
頭の中はぐちゃぐちゃで、何が正解かすら分からない。
胸の奥で燻っている、黒い感情を吐き出さなければ……私は壊れてしまう――。
なら、もう隠さず、全部吐き出してしまえ――。
「律、私から提案があるんだけど」
「ん? なんだ」
「別の女の子とさっさと付き合ったらどう?」
「……え!?」
予想もしなかっただろう言葉に、彼の目が大きく見開かれる。
「律は容姿も学業も平均的。だけど、中堅校とはいえバド部のエースなんだから、君の事好きな女の子の一人や二人いるでしょ。その子とでも付き合ったらいいよ」
「綾音……何を言ってるんだ? ちょっと、落ち着いてくれ……」
「私は至って冷静だよ」
冷静。そう言った瞬間、心臓がどくんと跳ねた。
嘘だ。
今の私が冷静なはずがない。
でも、口は止まらなかった。
「だから――律の事を好きな女の子と……私と付き合うのはどう?」
想いを吐き出した瞬間、世界が止まったように感じた。
律の目が見開かれ、私の言葉が重く沈む。
「あ、綾音……本気で言ってるのか!?」
「私がこういう冗談言うタイプに見える?」
「……」
彼は言葉を失い黙り込む。
時計の秒針の音がやけに耳につく。
「返事を聞かせてよ。
私にここまでの告白させたんだから、君にはそれに答える義務があるでしょ」
追い詰めるように告げる。自分でも酷いと思う。
でも、答えをもらわなければ心が壊れてしまいそうだった。
部屋に沈黙が落ちた。
私にとって、長い、本当に長い沈黙だった。
そして――律が口を開いた。
「綾音の気持ちは凄く嬉しいし……綾音は、本当に魅力的な女の子だと思ってる」
その言葉に胸が高鳴った。
律がそう言ってくれたことが、嬉しくて仕方なかった。
小さな希望が心の奥でふわりと花開いた。
しかし、彼はすぐに口を閉ざした。
悩んでいる。
答えを選ぼうとしている。
私は呼吸すら忘れて、その顔を見つめていた。
「それで、続きは?」
「……っ」
――律はしばらく目を閉じ、沈黙した。
必死に頭の中で考えているのが分かる。
私はその顔をずっと凝視していた。
――そして、彼は静かに口を開いた。
「……だけど、綾音……ごめん……!
綾音とは付き合えない……」
その瞬間、心臓に鋭利な刃を突き立てられたような衝撃が走った。
視界が揺れた。頭が真っ白になる。
「……どうして?」
私は掠れた声しか出せなかった。
「それは……単純に俺と綾音は、恋人としては性格が合わないと思うからだ……。
きっと、付き合ってもお互い後悔する……」
「そんなの付き合わなきゃ分からないでしょ」
わずかな希望に縋るように言う。
でも彼の表情は揺らがなかった。
「その……綾音は本当にいい子だ。
だけど……俺とは恋人としては相性が良くないというか……。
……綾音には俺よりもっと似合う男の人がいるはずなんだ。
だから……ごめん!!」
律は深く頭を下げた。
何か言いたかった。
だけど、喉が焼けるように痛んで出来なかった。
――”相性が良くない”。
濁して言ったが、要は私と恋人になるのが嫌だということだ。
これが私と違って、素直で明るくて誰からも好かれる女の子だったら彼は承諾していただろう。
単純に私の性格がどうしようもなくひねくれてて、斜に構えて、いつも毒づいて、魅力が欠片もなくて、マイナスに振り切った性格だから振られた。
それだけの話。
そう考えると何もかもが嫌になった。
「………ギリ」
私は歯を思い切り噛み締める。
ギリギリと、そのまま歯が欠けてしまうんじゃないかというほど思いきり――。
両手で握りこぶしを作った。力を思い切り込める。
血がにじむんじゃないかというほど思い切り握る。
だけど私の黒い気持ちは一向に消えなかった。
「綾音……その……」
顔を上げた彼に――。
「はあ……ホントに律って馬鹿だね」
私は大げさにため息を吐く。
「え? 綾音……?」
「こんな冗談に引っかかるとか……律が詐欺に引っかからないか心配になるよ」
言い終えた後、私はもう1度大きなため息を吐いた。
「じょ、冗談……!?」
「うん、そうだけど。
もしかして、私が君に本気で愛の告白をするとでも思ったの?」
いつもの調子で彼へ告げる。舌先の軽さで自分を守る。
「ああ、彼女が出来たから、それでモテるって勘違いしたんだ。
”このぶっきらぼうな綾音も本当は俺の事が好きに違いない!”、なんてイタイ妄想してたんだね」
「…………」
彼は黙ったままだ。
沈黙が返されると、私の言葉の刃が自分の胸に跳ね返ってくるのを感じる。
律が何を考えているのか分からない。彼の無言が堪えた。
「大体、君のどこにモテる要素があるの?
ああ、優しいとこ? でも”優しい”なんて、人間大概が誰しも持ってるからね。
だから、なんの長所もない律みたいな人間が消去法で”優しい”って言われてるだけ。
まあ、頭空っぽの少女ちゃんになら、律みたいな”優しい人”に惚れるかもね」
「…………」
彼は依然として沈黙している。
『今のは言い過ぎだ。早く謝れ』、頭の奥の冷静な私がそう囁く。
――なのに……なんで私はここで謝れないんだ。
自分にむかっ腹が立って仕方がなかった。
「……本当に良かった」
「……え?」
突如、彼は意味のわからないことを口にした。
「全部、冗談で本当に良かった……」
彼は心底安堵した表情でそう言った。
「……えと、なんで?
私にからかわれて嫌な気持ちになったりしないの?」
「そんなのはない……。
あの時の綾音が……俺が振った時の綾音が、本当に辛そうで……今にも泣きそうな顔をしてたから、あれが全部演技だと分かって本当に良かった……。傷ついた綾音はいないんだって思ってさ……」
「……っ」
彼……そこまで見て……!?
泣きそうな顔までしていたなんて……。
隠したつもりの脆い表情を見抜かれていたことに、胸が締め付けられる。
屈辱と哀しみが同じ速さで染み込んだ。
「10年以上の付き合いになるのに冗談も見抜けないなんて、幼馴染失格だね」
優しさからの言葉が深く刺さる。
嘲りに感じる優しさが胸を締め付ける。
「ははっ。綾音はそうやって軽口叩いてる時が一番可愛いな。綾音ならなんでかちょっときつい言葉を吐かれても嫌な気持ちにならないからさ」
「……っ!」
――振った癖に……振った癖に!! まだ私の心を搔き乱すか!?
彼の言葉に、ハラワタが煮えくり返るほどの怒りが湧き上がる。
声に出して罵りたい欲望と、黙っていなければ壊れてしまう恐怖が同時に襲ってきて、私はその間でかろうじて耐えた。
冗談の告白だったことは事実だ。
彼女と別れたと聞いた瞬間、頭がぐちゃぐちゃになって、どうなってもいいから勢いだけで嘘の告白をしてみようと思ったからだ。
だけど……彼に振られて傷ついたのは本当だ……本気で落ち込んだのもぜんぶ、ぜんぶが本当だ。
「……はーぁ、変な冗談吐いて疲れたな……お手洗い行ってくるね」
私は律の部屋を出た。
◇ ◇ ◇
「はあ……はあ……」
私はトイレの洗面所で何度も何度も顔を洗った。
水滴が頬を伝って落ちるたびに、胸の奥の黒い気持ちが少しでも消えてくれればと願った。
「……っ」
それでも、心は収まらない。
自分がどうしたいのか、何を望んでいるのか、答えが見つからなかった。
……もし、彼が告白を受けていたら、私は嘘の冗談を撤回して本気で付き合う気はあったのだろうか……?
そんな訳ない! 彼は幼馴染でしかない! ありえない!
それなのに偉そうに私を振ったから傷ついただけの話。彼と付き合うなんて冗談じゃない!!
『それ、本音?』
鏡の中に映った私が、そう問いかけた気がした。
振られてあれだけ傷ついた人間が、本当に彼の事を何とも思ってない訳が……。
「……ぐ……う……ぅ……」
涙が零れ落ちる。
みじめさだけが込み上げてきた。
彼なんかのどこに惹かれ――。
「優しい……とこ……」
嗚咽の間に、自然と言葉に出ていた。
「ぐっ……」
自分が頭空っぽの少女だという事実が笑えない。
嗚咽は止まらず、息が乱れる。
「ぐ……す……うぅ……」
涙は際限なく溢れ続ける。
いつになったら泣き止むのだろう。……もしかしたら、永遠に泣き止まないかもしれない。
だって、私がどれだけ泣いても、どれだけもうチャンスはないと分かっていても。
”――お願いだから私以外の女の子と付き合わないで”。
そんな醜い感情が溢れて止まらなかったから――。
終
最後までお読みいただきありがとうございました。
綾音と律の物語に少しでも感じるものがあれば、評価や感想で教えていただけると励みになります。
こうした切ないお話を時々書いていますので、よければフォローしていただけると嬉しいです。
――また、次の話で会えますように。