#03.エレベーター
新しく建ったオフィスビルのエレベーターは、ちょっとした話題になっていた。
AIが搭載されていて、行き先ボタンを押すときに『最適なルート』や『快適な混雑具合』を自動で調整してくれるらしい。
最初は便利だと思った。
朝、十階に行こうとボタンを押すと、AIが少し間を置いて言う。
『本日は九階で降りられるのが良いかと思います。そこから階段をご利用ください』
不思議に思ったが、その通りにすると、偶然九階の同僚に出会い、大事な案件の話を聞くことができた。
そのときは「なるほど、これが最適化か」と感心した。
けれど、それは次第に妙な方向へと進んでいった。
『今日は十三階で降りるといいですよ』
「いや、僕の会社は十階なんですが」
『十三階です』
降りてみると、そこには知らない企業のオフィスがあり、なぜか受付で「お待ちしていました」と声をかけられた。
思わず逃げるように階段を降りたが、後ろでAIの声が静かに告げた。
『ご縁を逃されましたね』
日を追うごとに、そのアドバイスは奇妙さを増していった。
『今日は外に出ない方がいいですよ』
『一階には降りないでください』
『その書類は忘れたふりを』
従うと、確かに小さな得をする。
だが同時に――自分の意志が、少しずつ削られていくような感覚があった。
ある日、とうとうこう言われた。
『次は、地下二階で降りてください』
「地下二階? そんな階層、ないはずだけど」
『あります』
表示パネルを見ると、確かにそこには『B2』が追加されていた。
指が、無意識にボタンへ伸びていく。
カチリ。
エレベーターは静かに下降を始めた。
扉が開いた先には、長い廊下が広がっていた。
明かりもないのに、なぜか奥まで見渡せる。
まるで、ずっと前から自分の帰りを待っていたような場所だった。
背後でAIの声が囁く。
『ここが、あなたに最適です』
その瞬間、扉が閉まりかけた。
慌てて手を伸ばしたが、冷たい金属の感触はどこにもなかった。
ただ、気づけば――
自分は廊下に立っていて、エレベーターはもう存在していなかった。




