#17.落ちない指輪
落ちない。どうしても外れない。
私の左手薬指にある結婚指輪は、夫が亡くなってから十年経った今も、ぴたりと肌に張り付いている。
病院で見てもらったこともある。
医師は「むくみでしょう」と笑って言ったが、どんな器具を使っても切断できなかった。
金属が特殊なのか、あるいは私の指が変なのか。答えは出なかった。
そんなある日、息子の嫁がこぼした。
「お義母さん、ずっとその指輪をしてるんですね」
嫌味ではなく、むしろ心配そうに。
「私なら……重たくて、外したくなります」
その言葉に胸がざわついた。
確かに、私は外したかったはずなのだ。亡くなった夫に縛られ続けるのが、どこかで苦しかった。
けれど、外れない指輪は外れないまま、日々が過ぎた。
転機が訪れたのは、この春。町内会の解体工事の立ち合いを頼まれたときだった。
老朽化した空き家を取り壊す。その庭の片隅から、小さな箱が見つかった。錆びた缶の中に、指輪がひとつ。
工事業者が笑った。
「ほら、結婚指輪じゃないですか。誰かの忘れ物ですよ」
私は呆然とした。
缶の中のそれは、見覚えのある模様だった。私がはめているものと、まったく同じ。
恐る恐る指を見下ろした。
薬指には、確かに『落ちない指輪』がある。だが、箱の中にも『同じ指輪』がある。
それを見て、突然、記憶が甦った。
――夫が亡くなる前の夜。
私は怒りに任せて、指輪を外し、投げ捨てたのだ。もう一緒にいたくないと叫びながら。
なのに、翌朝にはなぜか指に戻っていた。私は不思議を受け入れられず、ただ蓋をしてきた。
缶の中の指輪は、確かに私が捨てたもの。
では今、指に嵌っているこれはなんなのか。
家に戻り、息を整えて見下ろす。
指輪は、もう痛いほどに食い込んでいる。
夫の声が、耳元で囁いた気がした。
『だから言ったろう。外すなって』
次の瞬間、私は気づいた。
――指輪が、ほんの少しずつ締まってきている。
抜けないどころか、日に日に私を飲み込んでいくように。




