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#14.さかさまのかみさま

世の中には、どうにも名前だけが残って、肝心の中身が誰も説明できないものがある。

「さかさまのかみさま」なんぞは、その最たる例だろう。


名前は古い。村ごとに微妙に呼び名は違うが、共通して「さかさま」という言葉は付いている。

なぜさかさまなのか、と問えば、皆、首をかしげる。

「そう呼ぶものだからそう呼んでいる」としか言わない。


だが実際、その名に触れた者がいるという。

祠を覗いた、あるいは夢に見た、あるいは子どものころに聞いた、と。

そういう人間は、決まって同じことを口にする。


「自分を見た」と。


それも、逆さになった自分を。

天井に貼りつくように、あるいは水面に映った影のように。

正しく自分なのに、正しくない。

左右ではなく上下が逆さま。だがその歪みは、鏡像とは違い、どうしようもなく不気味なのだという。


さて。


民俗学的に言えば、「さかさま」というのはしばしば『境界』を意味する。

昼と夜、男と女、生と死。

その境に立つものは、決まって裏返しであり、異形である。

逆さ吊りの刑だとか、逆立ちの修行だとか、そういうものも多分にその意識の名残だ。


ならば「さかさまのかみさま」もまた、境界を体現する存在ではないか。

この世とあの世の境に貼りつき、こちら側を覗き返す、裏返しの神。


――と、ここまでは学者めいた理屈だ。

だが妙なのは、その体験談があまりに具体的すぎることだ。

「ただ見た」ではない。

「自分が見られた」と言うのだ。


その瞬間から、箸が持ちにくくなる。

文字が裏返しに書かれる。

階段を降りているはずなのに、昇っていたりする。

生活の端々に『逆さ』が滲み込んでくる。


ついには――ある日、目を覚ますと、自分が天井に貼りついている。

下には布団から起き上がる「もう一人の自分」がいる。

そのとき初めて理解するのだという。


「さかさまのかみさま」とは、祈ったり拝んだりするものではなく、

『交代するもの』なのだ、と。


では、交代した『こちら側』の自分はどこへ行くのか。

誰も答えられない。

ただ、村人たちは知っているようだ。

「そんなことは昔から当たり前だ」と言わんばかりに。


つまり――説明はつくのだ。

「境界の神」と言えば理屈になる。

「裏返しの世界」と言えば筋が通る。


けれど、それで安心できるかといえば、全くそんなことはない。


なにしろ、今この瞬間にも、天井から視線を感じているのだから。

あなたを覗き込む『さかさまの自分』が、そこにいてもおかしくはないのだから。

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