#01.百円の忘れ物
「なあ、これ、どう思う?」
高橋が指さしたのは、駅前の自販機だった。
缶コーヒーやらスポーツドリンクやら並んでいるが、一番下の段だけ、どうにもおかしい。
『財布』『携帯』『指輪』なんてラベルがついてる。
「冗談だろ」
「俺もそう思ったんだ。でもよ、試しに百円入れて、財布ボタン押してみたんだよ」
高橋はにやりと笑う。
彼の手には、ボロボロの革財布があった。
中身はスカスカ、どう見ても中古品だ。
「で、中身は?」
「免許証と、ポイントカード五枚。それから古い千円札一枚。名前は……知らない人だ」
俺は笑った。馬鹿馬鹿しい。
だが高橋は本気だ。
次の日、彼は『携帯』を買った。
出てきたのは古いガラケーで、電源を入れると「お母さん」とだけ登録された番号が残っていた。
試しにかけると、普通に繋がってしまったらしい。
「すげーだろ? これ、忘れ物を吐き出してるんだよ。どっかに集まったやつをな」
「お前、もうそれ警察沙汰だろ」
「いやいや、持ち主が取りに来ないから『忘れ物』なんだろ。『失くし物』のがいいか? ともかく、ゴミになるもんに金払ってまで回収してやってるんだから、慈善事業みたいなもんだ」
そう言って、奴は缶コーヒーを買うみたいに『指輪』を選んだ。
コロンと落ちてきたのは小さな銀の指輪。
内側には「M to H」と刻まれている。高橋は得意げにポケットへ滑り込ませた。
その夜、ニュースを見て俺は息を呑んだ。
『指輪の忘れ物を届けに来た男性、駅前で事故死』
映し出されたのは、まぎれもなく高橋の顔だ。
翌朝、自販機の前に立つと、新しいラベルが追加されていた。
『高橋』
値段は百円だった。
俺は、財布を取り出すか迷って、やめた。