第8話「噂の商人と、偽りの楽園」
【あらすじ】 ステラと大河が「叡智の図書館」を目指す道中、旅の商人から、人々が求めるものを何でも具現化する「不思議な街」の噂を聞く。しかし、その街は、人々の願望が具現化した「偽りの楽園」であり、全ては一人の商人の欲望が作り出した幻影だった。この幻影を維持するため、商人は人々の精神を吸い取り、人々は衰弱していく。ステラは、モンスターと化した商人、そして、彼が作り出した「偽りの楽園」を破壊することに躊躇する人々と向き合うことになる。
ステラと大河が旅を続けていると、道中、一人の商人と出会った。彼は、まるで喉から手が出るほど何かを欲しているように、興奮した口調で話し始めた。
「君たち、聞いたことあるかい? 人々が求めるものを何でも具現化する、不思議な街の噂を!」
商人は、目を輝かせながら言った。その言葉の節々から、強い「願望」の感情が流れ出し、ステラの心に触れた。その感情は、彼女の魔法と似た性質の力であり、ステラは興味を抱いた。
「そこでは、喉が渇けば清らかな水が湧き、腹が減ればご馳走が現れるそうだ。皆、その街を目指して旅をしているんだ!」
噂の街にたどり着いた二人。そこは、夢のような光景だった。人々は、豪華なご馳走を貪り、金貨の山を築き、望むものを何でも手に入れていた。
「すごい…本当に、何でも手に入るんだ。」
ステラが驚いたように呟いた。しかし、彼女には、この全てが、薄くぼやけた幻影のように見えた。 街の人々は、幻影のご馳走を貪り、幻影の金貨を数え、幸せそうに笑っていた。だが、彼らの体は痩せ細り、生命力が徐々に失われていることにステラは気づいた。
「この街は…幻影だ。そして、彼らの精神を吸い取って、力を維持しているんだ…!」
街の中心部に、二人は噂の商人の姿を見つけた。彼は、街の人々の精神を吸い取り、その体は、無数の触手が生え、欲望の塊のような醜いモンスターと化していた。
「来たな、私と同じ力を持つ者よ…!」
モンスターと化した商人は、ステラの魔法を見て、高らかに笑った。
「お前も私と同じだ。人々の心を操り、望むままに世界を変えることができる。最高のパートナーだ!」
商人は、ステラの魔法の力を奪おうと、彼女に襲いかかった。
大河は、幻影を操る商人に挑むが、攻撃が通用しない。
「くそっ!実体がない…!」
大河が苛立ちを露わにしたその時、ステラは決意を固めた。
(この「偽りの楽園」を、壊さなきゃいけない!)
ステラは、魔法を使うために心を集中させた。しかし、そのことに気づいた街の人々が、彼女の前に立ちはだかった。
「この幸せを壊すな!」
「私たちは、このままでいいんだ!」
人々の叫び声に、ステラの心は揺さぶられた。
(でも…このままじゃ、みんな死んでしまう…!)
ステラは、人々の心の奥底にある、真実の悲鳴を聞いた。彼女は、悲しみをこらえ、魔法で「真実」と「現実」を具現化した。
ステラの魔法によって、街を覆っていた幻影は、まるでガラスのように砕け散った。人々が貪っていたご馳走は、腐ったパンへと変わり、数えていた金貨は、ただの石ころに戻った。
「あ…ああ…!」
人々は、現実の辛さと向き合い、絶望的な表情を浮かべた。 商人は、力が弱まり、モンスターの姿から元の姿に戻った。彼は、人々の絶望的な表情を見て、自身の過ちに気づいた。
「…私は、一体何を…」
商人は、街の人々に許しを請い、罪を償うことを決意した。
ギルドで依頼完了の報告を終え、街を出る二人。ステラは、道端で、自分たちの噂を尋ね回っている、怪しい男たちを見かけた。
「ねえ、大河…あの人たち、私たちを探しているみたい。」
「…」
大河は、低い声で唸った。 男たちは、ステラと同じ力を持つ者がいるという噂を追っているようだった。 叡智の図書館を目指す旅の目的が定まった矢先、ステラの力を狙う「追手」の存在が、初めて明確になった。 二人は、追手を警戒しながら、次の街へと向かう。彼らの旅は、単なるモンスター討伐の旅から、命をかけた逃亡の旅へと、変わり始めていた。