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魔女の心の処方箋  作者: 吉本アルファ
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第5話「眠り姫と、夢喰いの怪物」

【あらすじ】 ステラと大河は、次の街で、多くの人々が眠りから覚めないという奇妙な依頼を受ける。彼らは皆、幸せな夢を見続けており、そこから出ようとしない。原因は、「夢喰いの怪物」。この怪物は、人々の夢を食べて力を蓄え、より甘美な夢を見せ続けることで、人々を永遠の眠りへと誘っていた。ステラは、力で戦うのではなく、自らの意識を夢の中へと送り込み、怪物と対峙するという、危険な賭けに出る。

次にステラと大河が訪れた街は、不気味なほど静かだった。人々は家に閉じこもり、時折、窓から覗く顔は、どこか虚ろだった。ギルドの受付には、「眠りから覚めない人々の救助」という、奇妙な依頼書が貼られていた。


「この街の人たち、みんな眠っているみたい…」


ステラが依頼書を読み上げると、受付の男性は力なくうなずいた。


「何日も、何週間もだ。医者に見せても原因はわからない。ただ、皆…幸せそうな顔をして、眠っているんだ。」


依頼主の家に案内されると、ベッドには、依頼主の娘が眠っていた。彼女の顔には、安らかな微笑みが浮かんでいる。しかし、その周りには、蝶のように舞う、半透明な光の粒が漂っていた。


「これが…夢の残り香…?」


ステラが光の粒に触れると、甘く、穏やかな感情が流れ込んできた。それは、現実の苦しみから逃避し、永遠に続く幸せな夢の世界に浸っている人々の心だった。


「原因は、夢喰いの怪物です。人々の夢を食べて力を蓄え、より甘美な夢を見せている。」


ステラがそう告げると、依頼主は安堵と恐怖の入り混じった表情で言った。


「娘が幸せなら…それでいいのかもしれない。だが、このままでは、皆…」


このモンスターには、物理攻撃は通用しない。ステラは、モンスターが人々の「夢」の世界に存在していることを悟った。


「大河…私、この子の夢の中に入る。」


ステラの言葉に、大河は低く唸り、彼女の腕に鼻先をこすりつけた。その行動は、「やめろ」と訴えているようだった。


「わかってる。危険なことだって。でも、このままじゃみんな…」


ステラは目を閉じ、自身の魔法を使って、意識を娘の夢の中へと送り込む。それは、精神に大きな負担をかける、危険な賭けだった。


ステラの意識が、夢の世界へと入っていく。 そこは、花が咲き乱れ、小鳥がさえずる、穏やかな庭園だった。娘が、楽しそうに両親と遊んでいる。だが、その光景はどこか不自然で、背景がぼやけている。


「…この夢は、怪物に食べられて、崩れかけているんだ。」


ステラがそう呟くと、庭園の奥から、半透明の怪物、夢喰いが現れた。それは、人の顔をした蝶のような姿で、娘の夢の光を貪欲に吸い込んでいた。


「もうやめて!」


ステラは怪物に「現実の厳しさ」を具現化した剣を突きつけようとした。しかし、娘はステラの前に立ちはだかった。


「来ないで! ここは幸せなの! 帰りたくない!」


娘の言葉は、ステラの心の奥に突き刺さった。故郷を追われた自分も、現実から逃げたいと願ったことがあった。 怪物もまた、ステラの心の隙をつき、彼女に甘い幻覚を見せる。


「ここへおいで。君の故郷は、ここで永遠に続くよ…」


ステラは、魔法の力で幻覚を振り払い、再び娘に語りかける。


「現実から逃げても、何も解決しない! 辛いことがあっても、現実には温かいものだってあるの!」


ステラは、娘に「現実の温かさ」を具現化した、柔らかな光の玉を見せた。その光は、娘が父親に抱きしめられた時の温もりや、街の人々と交わした挨拶の温かさ、そして、大河が自分を守ってくれた温もりを、娘に思い出させた。


娘は、光の玉をじっと見つめ、やがて、その目から涙がこぼれ落ちた。


「…帰る。私、帰る!」


娘が現実を受け入れたことで、夢喰いは力を失い、悲鳴をあげながら消滅した。


ステラが目を覚ますと、そこには心配そうに彼女を見つめる大河がいた。


「…大丈夫。」


ステラがそう言うと、ベッドで眠っていた娘が、ゆっくりと目を開けた。そして、父親に抱きつき、泣きじゃくる。 街の人々も次々と目を覚まし、街には活気が戻っていった。


ギルドで報酬を受け取ったステラは、自分の魔法が、他人の心の中に入り込むという、想像もしていなかった力を持つことを知った。それは、彼女の魔法の可能性を広げると同時に、人々の心の奥深くまで関わる、さらなる危険を伴う力でもあった。


次の街へと向かう道すがら、ステラは大河の背中にそっと寄りかかった。


「ねえ、大河。私の魔法は、もう、モンスターと戦うだけのものじゃないみたい。…でも、怖くはないよ。だって、私には、大河がいるから。」


大河は、彼女の言葉に、力強く、そして優しく鳴いた。二人の旅は、ただモンスターを狩るだけではない、人々の「心」そのものと向き合う、深い旅へと進んでいく。



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