第2話「最初の街、後悔の獣」
【あらすじ】 故郷を追われたステラと大河は、当てもなく旅を続けるうちに、活気あふれる城塞都市にたどり着く。そこで、彼らは冒険者ギルドの存在を知り、報酬を得るために初めての依頼を受ける。依頼の内容は、街の住人を悩ませる「後悔の獣」の討伐だった。このモンスターは、人々の後悔の念から生まれた、実体のない存在だった。
森を抜けると、眼前に広がるのは、石造りの城壁に囲まれた、活気あふれる城塞都市だった。行き交う人々の話し声、露店の賑わい、立ち上る湯気。その全てが、ステラと大河が暮らしていた静かな森とはあまりに対照的だった。
「…すごい。こんなにたくさんの人がいるんだ。」
ステラはきょろきょろと周囲を見回した。大河は警戒するように、人々の間を縫って彼女のすぐ横を歩く。 旅の途中で、二人は旅費を稼ぐ方法を探していた。人々の噂話から、魔物やモンスターを討伐して報酬を得る「冒険者」という存在を知り、この街にあるという冒険者ギルドを目指して歩いてきたのだ。
ギルドの重い扉を開けると、そこは男たちの熱気に満ちていた。壁には様々な依頼書が貼り出され、ステラは、その中の「『後悔の獣』討伐依頼」という一枚に目を留めた。報酬が高額なことに、大河も興味を示した。 依頼主は、顔色が悪く、憔悴しきった様子の男性だった。
「君たちが、この依頼を?」
「はい。後悔の獣というのは、何なのですか?」
ステラの問いに、男性はうつむきながら語り始めた。
「昔…友人を裏切ってしまったんだ。…それ以来、悪夢にうなされ、やがて、その後悔が実体を持つ獣になってしまった。私だけでなく、街の人々にも悪夢を見せているらしい。」
ステラは、男の顔を見つめた。第1話で、村長の妻の悲しみからモンスターが生まれたように、この「後悔の獣」も、この男性の心が生み出したものだと直感した。
「引き受けます。」
ステラがそう言うと、大河が彼女の足元にそっと鼻先をつけた。ステラは微笑み、大河の頭を優しく撫でた。
二人は、依頼主の案内で、獣の出現場所へ向かった。そこは、かつて依頼主と友人がよく遊んだという、今は廃墟となった広場だった。 広場に足を踏み入れると、空気が一変した。重く、粘りつくような「後悔」の念が、あたりを支配している。
「…来たね。」
ステラがそう呟くと、黒く半透明な霧が揺らめき、人の形を象り始めた。それは、無数の腕が蠢き、悲鳴のような声を発する、第1話のモンスターよりも遥かに醜悪で不気味な姿をしていた。 「うわああ!」 依頼主は恐怖のあまりその場にへたり込んだ。
「大河!」
大河は獣に飛びかかるが、やはり実体がない。獣は依頼主だけでなく、大河の心の奥底に眠る、片眼の傷にまつわる「後悔」にも触れた。大河の動きが一瞬鈍った。
ステラは目を閉じ、心を研ぎ澄ませた。
(後悔を浄化する、過去を映し出す鏡…!)
依頼主の強い後悔、そして大河の苦しみが、ステラの心に流れ込んできた。彼女の額に汗がにじむ。
(ダメだ…このままじゃ…私も…!)
魔法のイメージが揺らぎ、全身から力が抜けていく感覚に襲われた。
その時、大河がステラの足元に寄り添い、彼女の体に鼻先をつけた。 大河の体から、温かい力が流れ込み、ステラの心を覆っていた後悔の念を払い除けていく。
「ありがとう、大河…!」
ステラは再び、鏡を想像した。今度は、一点の曇りもなく、鮮明に。
彼女の掌に光の粒が集まり、美しい光を放つ鏡が具現化された。ステラが鏡を獣に向けると、鏡は依頼主と友人が楽しそうに笑い合う、幸せな思い出を映し出した。
「ああ…こんなにも、温かかった…」
鏡の中の光景に触れた獣は、悲鳴をあげながら、光の粒となって消え去った。
ギルドに戻り、報酬を受け取ったステラは、依頼主から心からの感謝の言葉をかけられた。
「君たちのおかげで、私はもう、過去に囚われることはないだろう。ありがとう。」
ステラは、その言葉に静かに微笑んだ。故郷を追われ、失意の中にいた彼女にとって、この感謝の言葉は、何よりも温かいものだった。
ギルドの出口で、ステラは掲示板を見上げた。そこには、数えきれないほどの依頼書が貼られている。
「大河。私たち、ここで生きていこう。報酬をもらいながら、いつか…自分の力を制御する方法を見つけて、故郷に帰る旅に出るんだ。」
大河は、彼女の言葉を理解するように、深く、優しく鳴いた。 二人は、これから始まる、終わりなき旅の第一歩を踏み出した。