第1話「始まりの森、終わりなき旅」
森の奥、人々の噂話も届かない場所に、ステラと大河は静かに暮らしていた。 だが、その日々は、ある朝、終わりを告げた。
「…大河、聞こえる?」
ステラの問いかけに、大河は低く唸る。
「村の方角だ。誰かが、強い悲しみを抱えている…。」
人々の負の感情が具現化するこの世界で、その感情の波を感じ取ることは、ステラの魔女としての本能だった。
「行かなきゃ。このままだと、何か生まれてしまう。」
大河は彼女の前に立ち、行く手を阻むように見上げた。
「大丈夫。ほんの少しだけ。すぐに戻るから。」
大河の不安げな表情を、ステラは笑顔でなだめた。
村に近づくにつれ、空気は重く、悲しみに満ちていった。 村の広場には、大勢の村人が集まり、泣き叫ぶ声が響いている。 広場の中央には、亡くなったばかりの村長の妻の棺が置かれていた。
「まさか…」
ステラは直感的に理解した。この強烈な悲しみが、怪物を生み出そうとしているのだと。 人々の悲しみが、黒い霧となって棺の周りを漂い、不気味な形を成していく。
「みんな、下がって!」
ステラの叫びに、村人たちは彼女を一斉に見た。不審なよそ者の少女に、誰も従おうとはしなかった。 その一瞬の隙に、黒い霧は完全に人の形を成し、悲鳴をあげながら村人たちに襲いかかった。
「大河!」
大河は叫びに応え、鋭い牙を剥き出しにして、モンスターに襲いかかった。 だが、その牙は虚しく空を切る。モンスターには実体がない。
「私の番ね。」
ステラは目を閉じ、心を研ぎ澄ました。 心の魔法は、想像の具現化。そして、その源は、私の心。 彼女は、心を込めて、温かい「光の剣」を想像した。 だが、周りの強い悲しみの感情が、彼女の心をかき乱す。 剣の光が揺らぎ、形が歪む。
「…っ!」
ステラの額に、玉のような汗が浮かんだ。 (負けない…みんなを、大河を…守らなきゃ!) 強い意志が、心を支配する。 歪んだ光の剣は、再び、清らかな光を放ち始めた。
「これで、終わりよ!」
ステラは「光の剣」をモンスターに突き立てた。 モンスターは悲痛な叫びをあげ、光の粒となって霧散していく。 安堵の表情を見せる村人たち。 だが、ステラはその場に崩れ落ちた。
「ステラ!」
大河が駆け寄り、彼女を支える。 ステラの顔は真っ青になり、全身から力が抜けていた。
「使いすぎた…」
大河は、彼女の体を温め、自身の鼻先を優しく彼女の額につけた。 大河の体から、温かい力がステラの体に流れ込んでいく。 彼女の顔に、少しずつ血色が戻っていった。
その一部始終を見ていた村人たちは、静まり返っていた。 彼らが感じたのは、感謝ではなく、得体の知れない力への恐怖だった。 村人たちの視線は、ステラを「英雄」としてではなく、「魔女」として見ていた。
「この村から、出ていってくれ…!」
村長が、震える声で言った。
「お前のような、恐ろしい力を持つ娘は、我々の村にはいらない…!」
ステラは、うつむき、何も言わなかった。 ただ、大河の手を、強く握った。
「…わかったわ。」
その日の夕方、ステラと大河は、二度と戻らない故郷の森を後にした。 彼らの旅は、こうして、始まった。