表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

喰ってはいけない 第9話「名前のない一日」

翌朝、とうまは目が覚めた瞬間から、どこかがおかしいと思った。 


 


カーテンの隙間から射し込む光。部屋の匂い。時計の音。 


それらすべては“いつも通り”だった。 


けれど、自分自身の中だけが、少しだけズレていた。 


 


(昨日、俺……どこに行ったんだっけ) 


 


喉が渇いていた。胸の奥が、うっすらと痛かった。 


左手のひらには、白い跡がひとつだけ残っていた。 


指先でなぞると、ほんの少し――誰かの手に触れたような、そんな感触が蘇った。 


 


学校に着いて、席に座った瞬間。 


久遠がこちらを見ていた。 


まるで、何かを“確認”するような視線だった。 


 


「……大丈夫か?」 


 


その問いは、あまりに曖昧だった。 


 


「何が?」 


 


「……いや、なんでもない」 


 


いつものように話すくせに、何かが違っていた。 


久遠は、とうまが“何かを忘れていること”に気づいている気がした。 


 


昼休み、英語の教師がプリントを配ったとき。 


とうまの席だけ、プリントがなかった。 


 


「すみません、○○先生、僕の……」 


 


そう言いかけたとき、先生が困ったように笑った。 


 


「え?……君、今日来てたのか。なんだか、見えなかったなあ」 


 

その一言に、とうまの全身がざわついた。 


 


“見えなかった”。 


冗談のように言われたその言葉が、ひどく引っかかった。 


 


とうまは、その日一日、誰かと目を合わせるたびに、どこか“素通りされている”ような違和感を覚えた。 


 


目が合っているのに、すぐに逸らされる。 


話しかけられても、名前を呼ばれない。 


まるで、“とうま”という名前だけが、教室から消えたようだった。 


 


クラスのざわめきの中にいても、とうまの隣の空気だけが、わずかに浮いていた。 


そこにいるはずなのに、どこか“空席”のように扱われている。 


 


放課後、帰り道。 


ガラスに映る自分の姿を、とうまは見つめていた。 


 


そこには、いつもの自分が映っていた。 


でも、少しだけ……輪郭が、ぼやけて見えた。 


 


「……なんだよ、これ」 


 


誰に届くでもない声が、喉から漏れた。 


 


世界が、自分を少しずつ“見えなくしている”ような、そんな気がした。 


笑ってみた。 


けれど、鏡の中のそれは――まるで、知らない誰かの真似をしているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ