喰ってはいけない 第2話「欠落の痕」
朝だった。けれど、空は鈍色に曇っていた。
とうまはぼんやりと、天井を見つめていた。
さっきまで夢を見ていた気がするのに、目が覚めた途端、その感触だけが霧のように消えていった。
仰向けのまま手を上げてみる。
何も掴めない。けれど、何かが“そこにあった”気がした。
自分でも意味がわからない。けれど、胸のあたりが妙にざわついていた。
服の裾を握る感触が残っていた。
けれど、そんなこと、あったはずがない。夢の中の話に決まってる。
なのに――。
「……誰かが、いた気がする」
ふと漏れた声に、自分でも驚いた。
記憶には何も残っていない。名前も、顔も、気配も。
けれど、言葉にならない“なにか”が、とうまの中に居座っていた。
部屋の隅では、久遠が何かの書類を確認していた。
その視線が、ふとこちらに向けられる。
「……また、見てたのか?」
とうまは答えなかった。
答えられるはずもない。
何も覚えていないのだから。
久遠は何も言わず、視線を戻す。
ただ、ほんの一瞬、瞳の奥にある種の“気付き”が宿ったように見えた。
とうまは、再び天井を見つめた。
何かを思い出そうとするように。
けれど、それは霧の向こうにあるようで、どうしても届かなかった。