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喰ってはいけない 第1話「残響」
この物語は、最初は何も分からなくても、
いつの間にか“残ってしまう”ような話です。
もしよければ、最後まで読んでみてください。
一度目は、ただ不思議だった。
二度目で、意味が見えてきた。
三度目で、返したくなった。
ぬるい霧が、肌にまとわりついていた。
風も音もない空間。空気は重く、息を吸っても肺に届いている気がしない。
歩くたびに足元の石畳が波紋のように揺らぎ、触れたはずの感触が水面のように消えていく。
「……誰かが、いた気がする」
言葉というより、喉の奥にひっかかった残響だった。
胸の奥がざわつく。けれど、思い出せない。
視線を彷徨わせても、そこには何もいない。ただ、誰かがいたという“気配”だけが残っていた。
――その名前を、呼ぼうとした気がした。
けれど、声にならなかった。
名前が喉の奥で詰まり、そのまま崩れていく。
昨日までは確かに知っていた響きが、今はもう、届かない場所にある。
とうまは、立ち止まったまま静かに目を伏せた。
名を忘れたわけじゃない。けれど、呼べない。
それはまるで、呼ぶことそのものが――許されていないような静けさだった。