タイムパフォーマンス
最近、私の暮らしぶりを振り返ってみると、時間を無駄にしているような気がしてならない。工夫すれば使う時間を最小限に出来るのではないか?
私は都内の中学校に通う学生だ。朝起きて顔を洗い、母親が出してくれる朝食を食べて学校へ向かう。休憩があるとはいえ、六時間も授業を受けた上で根性論が大好きな顧問の指導のもと、剣道部で汗を流して帰宅する。
夕食を食べた後は自由時間だ。私はこれと言った趣味はない。というより趣味の世界は無駄が多すぎるような気がしてくる。
よく学校では本を読めと言われるが、気が進まない。結論だけ書いてあればいいものを、何を考えているのか無駄に分厚く作られている。あげく学校の先生たちはその作者の気持ちになれと無茶を言う。
一応学校の友人と共通の話題を持つために、仕方なくドラマなどを見ているが、やっぱりこれも無駄が目立つ。地上波で流れているのは倍速で視聴することが出来ないので、父親に頼んで録画したものを倍速で見ている。
結果だけわかれば、あとは簡単である。学校にいる友人たちは中身の無い話ばかりするのでドラマの内容も結果だけあれば会話が成立するのだ。
スマホゲームも話題にあがるが、個人的にはあれも無駄が多い。まずゲーム本体をダウンロードしてインストールするのに時間がかかる。そして操作説明や課金の方法等の説明、そこまでは飛ばすことが出来ないので仕方なく我慢して進めた。だが一番困っているのはアップデートだ。
スマホゲームを最新の状態にするためにいろいろ改良を行っているようだが、それをダウンロードしてインストールする時間のせいで、私の時間が奪われているように感じる。それを繰り返していく内に、私は未完成品に貴重な時間を奪われているのかと感じるようになる。
そもそも常に最新の状態にしなくても満足に遊べるものに蛇足をつけるのがスマホゲームの悪いところだ。初回のダウンロードとインストール時間も加えてしまうと、ゲームとして満足した分は帳消し。これも結局無駄だった。
短い時間でどれだけの効果、満足感を得られるか。私が娯楽に求めているのはそれかもしれない。だから話題の映画だって倍速視聴しても一時間はかかってしまうのでなるだけ避けている。
そこで登場した救世主がファスト映画だった。要点と結末が書かれており、無料で楽しめる。親がケチな為、少ない小遣いから二千円も払った上で早送りが出来ない拷問を与えられる映画館に行かず、結末だけを知ることが出来るので、友人との会話で困ることは無かった。だがこれは著作権というものに引っかかってしまったらしく、あえなくサイトは消滅した。
代わって新たに出てきたのは動画投稿サイトのショート動画だった。なんとたった十秒で楽しませてくれるし、当然流行ったものは学校で話題になるので、話題作りの為にやっているが時間がかかるスマホゲームや、どんなに圧縮しても十秒以上かかってしまう倍速視聴生活ともおさらばである。
だから現在の私の趣味は、そんなショート動画を眺めることだった。それを満足するまで眺めた後、風呂へ入り、就寝する。
翌朝起きて親が作ってくれた朝食を目にする。ふと考えてみると量が多い。ご飯と味噌汁、そして鮭の切り身。これでは食べるのに時間がかかってしまう。一口だけ食べて後は残してしまおう。食事に時間をかけるトチ狂った物好きも居るようだが、あいにく私にそんな趣味はない。親が残すなと文句を言うが、私はそのまま無視して学校へ向かった。
学校が始まると歴史の授業が待っていた。丁度やっているのは第二次世界大戦だ。教科書を読んでみると、”負けた”の三文字を書くのに教科書は厚く、教師の説明も長くて無駄が多い。結果が出ているのだから、そもそもこの授業自体無駄な気がしてならない。これだったらショート動画の方がいろんなことを十秒ちょっとで学ぶことが出来る。娯楽と勉学を兼ねたショート動画に、私はどんどんハマっていった。
給食の時間も窮屈だ。生徒一人一人に食べる量や早さ、好き嫌いの差があるので、どうしても時間を無駄にしてしまう。かといってそれを詰める術を持っているわけではないので、悶々としながら私は給食の時間が終わるのを待つしかなかった。
掃除の時間がやってきた。本当にやる意味があるのだろうかと問いたい。なぜなら男子は雑巾を丸めてキャッチボールのまねごとをしているし、真面目に掃除をしている女子も要領が悪く手がとにかく遅い。
こんなことならもっと税金を投じて清掃員でも雇った方がいいのではないかと思う。前に先生は自分たちの学び屋は自分たちで綺麗にすることで、とか言っていたが、十秒以上の言葉だったのでその先は覚えていない。結論から言うと、私からすれば無駄だったのだろう。
そして迎えた午後の授業、英語は受験英語なので実際の会話では役に立たないことを時間をかけてじっくりと学ぶ。無駄を極めたと言っても過言ではない授業内容だ。これだったらショート動画で学べる英会話を眺めている方がよほど効率的だ。
それが終わると、最大の難所である部活動だ。根性論一筋の顧問の先生は、体力をつけるためと言い、学校の周りをぐるぐる走り回る。体力を付けつつ、実力も身につける方法なら、いくらでもありそうな気がするが、そういったものはズルで近道をして楽をしようとしている悪いことだと顧問の先生に両断されてしまった。元から期待はしていなかったが、これでは時間を無駄にするだけだと思った私は部活動をやめて帰宅部となった。入学してすぐ帰宅部を選んでおけば、こんなことにはならなかったと後悔している。後悔先立たずとショート動画で教えてくれたことを思い出した。
晴れて帰宅部となった私は、家へ帰り、夕飯の時間まで話題作りの為のショート動画を眺める。ここでふと思ったが、こういう時間もなんだか無駄が見えてきた。確かにショート動画は短い時間で楽しませてくれるが、希にタイトルに引き込まれてつまらない動画を見せられて十秒ちょっとを無駄にしたことがあった。それを考えると動画を選ぶ指が神経質になり、本当にこれは面白いのかと疑うようになった。
ただ、この問題自体はあっさり解決した。再生数が多いモノを選べばいいだけだ。冒険なんてする必要は無い。それ自体が無駄だからだ。
そう考えると、新しいことを始めようと綺麗事を言う連中も居るが、あれも胡散臭い詐欺目的の新興宗教のように感じる。始めて続けても、成果が出なければ無駄なのだ。だから私はそういうことはしない。
更に突き詰めて考えていると、夕飯を食べるのも、その後お風呂に入るのも時間を無駄にしている気がする。かといって浮いた時間で何をするのかと問われると、学校の友人と話題合わせの為にショート動画を漁るぐらいだ。勉強する時間なんて無い。
そこまで考えて気づいたことがある。これでは他人にすり合わせて生きているだけだ。いや、生きているという言葉を使うこともおこがましい。
自分は何をする為に産まれたのか、これからどう生きていくのか。それを考えるようになりなさいと父親に言われた気がするが、結果の伴わない行動はただの無駄であり、やる必要のないことだ。
こうなると、せっかく浮いた時間が無駄になってしまう。かといってその時間を使って自分の心を豊かに出来るようなことはこの世には存在しない。
つまり生きていてもしょうがないことに気づいた私は、自殺するために外へ飛び出す。私の家は一軒家なので、飛び降りたところで死にはしない。死に方についてもショート動画で学ぼうとしたがそれはさすがに掲載されていなかった。
幸運なことに、私の家の近所には死亡事故が頻繁に起こる国道が存在していた。小学生の頃から歩道橋を使うように指導を受けていたが、そこからトラックが来るタイミングを見計らって飛び降りればいけるかもしれない。そう思った私は遺書を書く時間も勿体なく、そのまま歩道橋を目指して走り始めた。
自分で自分を終わらせる。倍速で自分の人生を送ってきて十分楽しんだのに、これから先無駄なものに踊らされる未来に希望は託せない。
だから自殺する。自分が一番満足している間に終わらせれば、そのままで済むからだ。生きていれば良いことがあると綺麗事を言う奴も居るが、そんなものはまやかしだ。
ピークを終えれば後は緩やかに、満足の得られない人生を強いられて心を潰されていく。そんな人生を送りたくないのも、死に急ぐ理由の一つだ。
突然家を飛び出してパニックになっている母親が、歩道橋を駆け上がって私を止めようとしている。このままでは自殺は失敗してしまう。
だが肝心のスピードの乗った車が来てくれない。待ちきれなくなった私は産まれて初めて神に祈りながら歩道橋の手すりから飛び降りた。
落下に伴う浮遊感は新しい満足感を私に与えてくれた。高いところから飛び降りるスリルは楽しい。ショート動画でバンジージャンプをする人が居た。以前は何が楽しくて飛び降りているのかわからなかったが、今それがわかる。
そしてそんな私の体をヘッドライトが照らす一台のトラック。スピードも十分。私は満足しているうちに死ぬことが出来た。
大人になるというのは、ストレスを抱え、不満を重りのように積み重ねて生きていかなければならない。そんな希望のない人生は送りたくない私は、最高に幸せで満足な死に方が出来たと思う。
人生はタイムパフォーマンス。満足出来た時点で死ぬのも十分有用な選択肢だ。
こんにちは、水です。
最近タイパなんて言葉、良く耳にしますよね。電車の中でふと思ったのは、タイパを重視するあまり結果さえあればいいよという身も蓋もないことだと感じました。これはその勢いで書いた物なので、あまりムキにならず、こういうのもあるんだな程度に流していただければ、それこそタイパに優れた生き方だと思います。
尤も、この作品を後書きまで読んでタイパが悪い作品だなと思われたらそれこそ身も蓋もないことだと思うのですが……。
あまり長く書くとタイパに悪いですから、この辺にしておきます。それではまた。