ティアナの憂鬱 (1)
ティアナはエリオル王子と初めて会った時、確信した。
(この人と結ばれるんだわ…雪王国の物語みたいに…!)
ティアナが産まれ育ったのは海沿いの町だ。
そこで両親は漁業を生業として生計を立てていた。
父はよく言えば威厳があり、悪く言えば絶対的存在だった。
機嫌が悪ければ、相手が子どもであっても手を上げた。
母は、そんな父にもう何も言わなくなった。
よく言えば3歩下がって付いて行き、悪く言えば何の主張もない女だった。
裕福ではない家で私の唯一の娯楽が絵本だった。
中でも一番のお気に入りが『雪王国の物語』
美しい姫がドラゴンと友達になって、雪で覆われた世界を救い、やがて王子と結婚する。
物語は陳腐だが、絵柄が好きだった。
金髪に青い目のお姫様と
それから、
黒髪に緑色の目をした王子様。
いつしか私も王子様が現れるといいな、と子ども心に憧れた。
しかし
ある日、機嫌の悪い父に本を破かれた。
ボロボロになった本を母と二人でテープで繋いだ。
私は泣いていたが、母は無言だった。
ボロボロの本はそれでも大事で、いつでもどこに行くにも持っていた様に思う。
私はある日、決定的なことに気づく。
私の髪も目も母譲りの茶色なのだ。
(こんなのお姫様じゃない)
ガサガサの手で、いつも魚の匂いがする母と同じ色。
私は本を破って捨てた。
自分はお姫様になれないのだという現実を突きつけられたようだった。
10歳のころ、父が死んだ。
酒で肝臓をやられた。
あれだけ恐れた父の最後はあっけなかった。
母と私と弟は葬式で泣きもしなかった。
ただ、明日からの生活の不安が頭をもたげたが
「酒代がなくなってむしろ家計が助かる」
と言った母には、あんな父とはいえ愛した男にかける最後の言葉がそんなものだとは、子ども心に切なさを覚えた。
(何で結婚したんだろう…)
父の死後、一度母に聞いてみたことがあった。
「二度と聞くな」
と言われてしまった。
その頃は嫌な気持ちになったが、後に疑問が解消されることになる。
家計を助けるため、15で私は飲み屋の接客婦として働いた。
酒臭い50男に触られるのが当たり前となっていったある日、母の知り合いだというハゲ親父が言った。
「お前んとこの親父死んじまって何年よ」
「今年で5年目です」
「そうか、苦労したよなあ、お前の母ちゃんもさ。いい女だったのに勿体ない」
品がない話だ。
さらに続けてこう言った。
「子どもなんか授からなきゃ結婚せずに逃げたのにって何度も言ってたけど、結局最期を看取ったもんなぁ。あんなにされても情が湧くかね」
「それはどういうこと?」
「おっと、口が滑った」
私が真剣な眼差しを向けるのを、ハゲ親父は目を泳がせて誤魔化した。
「ねえ、話して」
「あー、いやぁ……うーん…俺が言ったって言うなよ?」
そう言って話し始めた。
「お前の母ちゃんには他に好きな男がいたんだ」
初耳だった。
そこからの話は耳を塞ぎたくなるような言葉が続いた。
「その好きな男ってのがな、下衆な趣味をしてたもんで、その男の下っ端だったお前の父ちゃんに抱かせたんだな。お前の母ちゃんを」
顔がさっと青くなるのを感じる。
「で、できたのが」
フォークで鼻先を指された。
近い。
触れてしまいそうな距離だった。
もうそこから記憶があまりない。
母に問い詰めた。
それでも私のことが大切だと言うので、馬鹿な女だと思った。
じゃあ弟はどうなのだ。
もし明日海岸に自分の娘が浮いていたら母はどんな気持ちだろうか。
そんなことを考えていたら、いつの間にか岸壁にいた。
ヒールの高い靴も脱げていた。
私はそのまま海へ身を投じたのだ。
そして、目が覚めたらこの世界にいた。
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