08 リーリエとあたらしい朝
『どこかに潜んでいる魔術師を探せ』
そんなことが出来るかしら?
間違い探しは苦手なのだけれど。
(――なんてね!)
屋根から屋根へと疾走し、樹木の枝を渡りながら、異質な気配を探していく。
私は知っている。
この村は、世界でいちばん美しいところ。
そして、私の世界のすべて。
神経を研ぎ澄ませ、リーリエ。
この清らかな世界に潜む、一滴の汚点を嗅ぎ出すのよ。
「ひ、ひっ!」
ガシャガシャと大仰な音を立てて、こちらが指摘するより早く、その黒甲冑は後ずさった。
あきらかに、生きた人間の反応だわ。この男がガイコツたちの操り手と見て間違いないわね。村の入り口付近の岩陰に潜んでいたのは、隙を見て逃げるつもりだったのか。
「さあ、観念なさい」
私は輝くクワを見せつけ、問いただす。
「一体、どこのどなたかしら? 何の目的でこんなマネを?」
「……っ、このガキが‼」
男は突如として声を荒げ、いかにもな罵声を上げる。
「こんな所まで来て、ついに『聖女』を見つけたかと思えば‼」
彼は拳を腰に引き、そこにまがまがしい気配を瞬時に集める。その拳ごと、私に魔術をぶち込もうって算段かしら?
「残念だわ!」
けれど私はそれより速く、大きく一歩踏み込むと、相手の胴に自らの拳を叩きこんだ。
めきょり、と金属の歪む感触。
白い燐光が弾け飛ぶのが、スローモーションで見えた。
――パァァアン‼
けたたましい破裂音が響いた。
直後、男は背後の岩場に激突し、化石のようにめり込んであっけなく気絶した。
立ちこめる土煙の中、私は高らかに言い放つ。
「この私にタイマンで勝とうだなんて、100周早かったわね!」
あ、せっかく直してもらったのに、クワを使わなかったわね。
まあ……そんなこともあるわよ。
「リーリエ! すごい音がしたけど!」
「大丈夫ですか、リリちゃん……」
フレイとマリアが駆けつけてくる。
よかった、二人に怪我はないみたい――
「――バカっ‼」
安堵したとたん、わっと怒りが込み上げてきて、私は怒鳴りつけてしまった。
「あなたたち、本当にバカよ! どうしてこんな危ない所に来たの? いい子は静かに寝てなさいよ! たまたま上手く行ったから良かったものの……」
「バカは君だろ」
フレイがぴしゃりと吐き捨てる。
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするけど。独りで勝手に死んで、英雄にでもなりたかったの?」
その言葉は、容赦なく私の心に突き立った。
なによ、私が一体どんな覚悟で、一人で戦っていたと思うの?
「……そうよ。私なんか、どうなったってよかった」
私は顔をふせて、乱暴に言葉を吐き出していく。
「私なんか死んでもよかった! だけど、みんなの幸せだけは守りたかったし、意地でも守ってみせるわよ! 私には、そんな生き方しかないもの……あなたには分からない。分かってもらおうとも思わないわ!」
「ばかやろ――っ‼」
口を開けたまま、私は言葉を失った。
突如あびせられた、悲鳴のような甲高い一喝。
それはマリアだった。マリアは両手の拳を握りしめ、うつむいて肩を震わせていた。
「リリちゃんは、本当におばかさんです。大ばかやろーです……! ほんとうに、骨の髄までフルマッスルなんですね!」
「マ、マリア……」
マリアが怒ったところを、私は初めて見た。ましてや、こんな大声をあげて激怒するなんて。
「『みんなの幸せ』ってなんですか? リリちゃんがいなきゃ、そんなのダメに決まってるじゃないですか‼」
そう大声で叫んだ直後、マリアは同じだけの大声で泣き出した。
抗議するように顔を上げたまま、あふれる涙を拭おうとせず、子供のようにわんわん泣いた。悲しくて悔しくて仕方がない、そんな泣き方だった。
「君のせいだぞ。謝りな」
「わ、分かってるわよ……」
私はすっかり気圧されて、マリアを抱きしめ、柔らかな髪を必死に撫でる。
「ごめんね、マリア。ごめん。ごめんなさい……」
しゃくりあげるマリアの声に紛れるように、フレイが呟く。
「覚えておいてよ、リーリエ。『みんな』の定義には君も含まれるんだ。……そうでなきゃ、僕らは幸せじゃないんだから」
空がうっすらと白みはじめ、月が西の山間に淡くとけていく。
山並みがまばゆい金色に輝き、しだいに景色が色づき始める。
そうして、私たちの知らない朝が訪れた。