07 リーリエと運命の夜
とは言え、いくら脳筋の私にだって分かるわ。
こいつら、キリがないんじゃない⁉
「く……!」
私は家屋の壁を背中に、黒甲冑たちと対峙していた。
倒しても倒しても、彼らは気持ちの悪い挙動で起きあがってくる。……なにせアンデッドだもの、負傷も何もあったもんじゃないわよね、もともと死んでいるのだから。
「いい加減に、してよ!」
正直なところ、私のほうもちょっと苦しい!
こんなに大勢の、しかも殺意全開の相手と打ち合ったことなんて今まで無かった。それに相手の正体を見ちゃったせいで、骨を砕く感触を意識してしまう。
身体の限界よりも先に、正気を失ってしまいそう――
「――しまっ」
片足を強く引っ張られ、私はむなしく地面に倒れた。
見れば、ちぎれた片腕だけが、私の足首をつかんでいる。
「きゃあ‼」
それが隙になってしまった。
しりもちをついた私の頭上に、容赦なく剣が振り下ろされる。
直後、激しい衝撃に視界がぶれ、右肩に灼けるような激痛が走る。
「ぐっ!」
私は力まかせに蹴りを放ち、剣の主を吹き飛ばした。
しかし敵はまだまだいる。私は地面を転がり、かろうじて追撃を避ける。
――右肩を斬られた。
剣が振り下ろされた瞬間、とっさにクワで受け止めてしまった。しくじったわ。所詮はただの農具、木製の柄はたやすく折れて、私は武器と利き腕を潰された。
(どうする、――どうしたらいい?)
痛みに歯を食いしばりつつ、素早く周囲に視線を巡らせる。
幸いなことは一つだけある。
村は燃えていない。
最初に火をつけられた家屋だけは燃え落ちてしまったけれど、幸いにも、そこは村の集会場なのだ。普段は誰も寝泊まりしていない。
だから、まだ野百合の谷に、誰も死者は出ていない。
(絶対に、ここでこいつらを阻止しなきゃ!)
そうすれば、村の平和は守られる。
みんなを守ることができるのよ。仮に、私はどうなろうとも――
(――ああ、そうか)
ふいに、目が覚めるように私は悟った。
身体のこわばりが解け、ふたたび白い燐光が肌の上に舞い始める。
(そうか、最初から、私が悪者だったのね)
折れたクワを左手で握りしめ、私は再び立ち上がる。
「――――うわあああああ‼‼」
夜空に向かい、咆哮とも悲鳴ともつかない叫びを上げる。
そもそも、私の存在自体が「悪」だったのだ。
私さえいなければ、マリアもフレイも、はじめから誰も不幸になんかならなかった。美しく平和な野百合の谷で、みんなみんな幸せな人生を送れたのだ。
1周目は悪人だったから、自業自得で死んだと思っていた。だけど私は、きっとどうあがいても邪悪な存在で、ろくでもない結末を呼び込んでしまうのだ。
それなら、残念だけど仕方がないわ。村を襲う悪を倒して、私も死ぬならそれでいい!
「私と一緒に、全員地獄に落ちなさい‼」
折れたクワを握りしめ、私は黒甲冑の群れに突撃する。
望むならば、ひとつだけ。
できれば覚えていてほしいわ。リーリエ・リリエンタールという人間が、ここに生きたということを!
「〈焼かれろ!〉」
次の瞬間、ふいに閃光が私の視界を塗りつぶした。
「……へ?」
まるで真昼の太陽をき落したかのような、限りなく白く眩しい光だ。いや眩しいというか、――熱っ! あっつ! 燃えちゃう‼
「あっ」
おでこを払って再び顔を上げた時には、白い炎の直撃を食らい、目の前の黒甲冑がみんなまとめて消し炭になったところだった。
(……ええ?)
なにこれ。なんなのこれ。
ちょっ、ちょっと理解が追い付かないんだけど――
「リーリエ!」
「リリちゃん!」
その声に、私はしょぼしょぼする目を必死に見開いた。
駆けてくるのは、きっと死んでも忘れられない二人の顔。
「フレイ! マリア! あなたたち、一体どうして……」
「話は後だよ! まずは、このワケ分かんないのをどうにかしないとね」
そう早口に告げ、フレイは私とマリアを背にかばう。
その片手には、何やらボロボロの古書が携えられている。
「どうにかって、フレイ……」
「ふふ、任せてよ。せっかくだから、僕ももう少し試してみたいんだ」
そう言って、フレイは古書のページを優雅にめくってみせる。
なんで? ねえなんでちょっと笑ってるの? 怖いんだけど。
「〈バカはまとめて燃えろー‼〉」
フレイのでたらめな叫びとともに、再び白い閃光が炸裂する。
黒甲冑たちのフルプレートが変形し、赤く灼けながら地面にガシャリと落ちる。
(な、中の人が消し炭になってる……!)
安心を通り越して、私は軽く戦慄した。
フレイが起こして見せたのは、どう見ても魔術だ。それもおそらく相当な規模の。
この子、いつの間にこんな物騒なモノ習得してくれちゃってんの⁉
「あははははは! みんな死ねぇー‼」
わあ、しかも絶好調だわ……。
さすがぶっころ地雷メンタル野郎の本質に変わりはなかった。こういうタイプの若者に、力を持たせちゃいけないって思うのよね!
「リリちゃん、ごめんなさい。わたしたちが遅くなったばかりに」
「……ま、マリア!」
そう、それよりもマリアよ!
彼女こそこんな所に来るべきじゃないわ。
「マリア! あなたは今すぐ帰って……え?」
「リリちゃんに、天のご加護がありますよう」
私に向けられたマリアの指が、金色に淡く発光していた。かと思えば、彼女はその輝く指で、私の肩に何かを描きつける。
とたんに金色の光が私を包み、右肩の激痛が嘘のように引いていく。
深く開いた傷口が、塞がっていく。
(――これは、アレだわ)
『指先に意識を集めて、対象部位に象徴紋を描いてみましょう』
(教本に載ってたやつじゃない!)
あの本よ、図書館で借りたものの、私が諦めてどっかに置いておいやつ!
なんてことなの、マリアってばあれを見て、独学で身につけちゃったんだわ!
「リリちゃん、痛くない?」
「え、ええ! すっかり治ってるわ。すごいのね、マリア」
「えへへ」
マリアは恥ずかしそうに笑うと、さらに背後から、何か長いモノを取り出した。
「これも、なんとか直せました!」
「え? ――えええ⁉」
それは、あの折れたクワだった。
認識が遅れたのは、ぼっきり折れた柄が直っていただけでなく、クワ全体が白銀に輝いていたからだ。
「え、軽……」
それは受け取ると羽のように軽く、しかも叩くと澄んだ音で鳴った。
一体、なんの材質に変わっちゃったの……。独学の範疇を超えちゃってるでしょ、これ。
「リーリエ、もう動ける?」
フレイが振り返り、ご満悦の表情で問いかけてくる。
「うるさいのは片付けちゃったよ。あとは、近くにアンデッドを操ってる魔術師がいるはずなんだ。君が見つけ出して懲らしめてやりなよ。できる?」
「……できるわ」
私は大きく頷くと、銀のクワをしっかりと握りしめ、屋根の上へと跳躍した。