表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/46

07 リーリエと運命の夜



 とは言え、いくら脳筋の私にだって分かるわ。

 こいつら、キリがないんじゃない⁉


「く……!」

 私は家屋の壁を背中に、黒甲冑たちと対峙していた。

 倒しても倒しても、彼らは気持ちの悪い挙動で起きあがってくる。……なにせアンデッドだもの、負傷も何もあったもんじゃないわよね、もともと死んでいるのだから。


「いい加減に、してよ!」


 正直なところ、私のほうもちょっと苦しい!

 こんなに大勢の、しかも殺意全開の相手と打ち合ったことなんて今まで無かった。それに相手の正体を見ちゃったせいで、骨を砕く感触を意識してしまう。

 身体の限界よりも先に、正気を失ってしまいそう――


「――しまっ」

 片足を強く引っ張られ、私はむなしく地面に倒れた。

 見れば、ちぎれた片腕だけが、私の足首をつかんでいる。


「きゃあ‼」


 それが隙になってしまった。

 しりもちをついた私の頭上に、容赦なく剣が振り下ろされる。

 直後、激しい衝撃に視界がぶれ、右肩に灼けるような激痛が走る。


「ぐっ!」

 私は力まかせに蹴りを放ち、剣の主を吹き飛ばした。

 しかし敵はまだまだいる。私は地面を転がり、かろうじて追撃を避ける。


 ――右肩を斬られた。

 剣が振り下ろされた瞬間、とっさにクワで受け止めてしまった。しくじったわ。所詮はただの農具、木製の柄はたやすく折れて、私は武器と利き腕を潰された。


(どうする、――どうしたらいい?)


 痛みに歯を食いしばりつつ、素早く周囲に視線を巡らせる。

 幸いなことは一つだけある。

 村は燃えていない。


 最初に火をつけられた家屋だけは燃え落ちてしまったけれど、幸いにも、そこは村の集会場なのだ。普段は誰も寝泊まりしていない。

 だから、まだ野百合の谷(リリエンタール)に、誰も死者は出ていない。


(絶対に、ここでこいつらを阻止しなきゃ!)

 そうすれば、村の平和は守られる。

 みんなを守ることができるのよ。仮に、私はどうなろうとも――



(――ああ、そうか)



 ふいに、目が覚めるように私は悟った。

 身体のこわばりが解け、ふたたび白い燐光が肌の上に舞い始める。


(そうか、最初から、私が悪者だったのね)


 折れたクワを左手で握りしめ、私は再び立ち上がる。

「――――うわあああああ‼‼」

 夜空に向かい、咆哮とも悲鳴ともつかない叫びを上げる。


 そもそも、私の存在自体が「悪」だったのだ。

 私さえいなければ、マリアもフレイも、はじめから誰も不幸になんかならなかった。美しく平和な野百合の谷(リリエンタール)で、みんなみんな幸せな人生を送れたのだ。


 1周目(わたし)は悪人だったから、自業自得で死んだと思っていた。だけど私は、きっとどうあがいても邪悪な存在で、ろくでもない結末を呼び込んでしまうのだ。


 それなら、残念だけど仕方がないわ。村を襲う悪を倒して、私も死ぬならそれでいい!


「私と一緒に、全員地獄に落ちなさい‼」


 折れたクワを握りしめ、私は黒甲冑の群れに突撃する。

 望むならば、ひとつだけ。

 できれば覚えていてほしいわ。リーリエ・リリエンタールという人間が、ここに生きたということを!




「〈焼かれろ!〉」




 次の瞬間、ふいに閃光が私の視界を塗りつぶした。



「……へ?」

 まるで真昼の太陽をき落したかのような、限りなく白く眩しい光だ。いや眩しいというか、――熱っ! あっつ! 燃えちゃう‼


「あっ」

 おでこを払って再び顔を上げた時には、白い炎の直撃を食らい、目の前の黒甲冑がみんなまとめて消し炭になったところだった。


(……ええ?)


 なにこれ。なんなのこれ。

 ちょっ、ちょっと理解が追い付かないんだけど――



「リーリエ!」

「リリちゃん!」



 その声に、私はしょぼしょぼする目を必死に見開いた。

 駆けてくるのは、きっと死んでも忘れられない二人の顔。


「フレイ! マリア! あなたたち、一体どうして……」

「話は後だよ! まずは、このワケ分かんないのをどうにかしないとね」


 そう早口に告げ、フレイは私とマリアを背にかばう。

 その片手には、何やらボロボロの古書が携えられている。


「どうにかって、フレイ……」

「ふふ、任せてよ。せっかくだから、僕ももう少し試してみたいんだ」


 そう言って、フレイは古書のページを優雅にめくってみせる。

 なんで? ねえなんでちょっと笑ってるの? 怖いんだけど。


「〈バカはまとめて燃えろー‼〉」


 フレイのでたらめな叫びとともに、再び白い閃光が炸裂する。

 黒甲冑たちのフルプレートが変形し、赤く灼けながら地面にガシャリと落ちる。


(な、中の人が消し炭になってる……!)

 安心を通り越して、私は軽く戦慄した。

 フレイが起こして見せたのは、どう見ても魔術だ。それもおそらく相当な規模の。

 この子、いつの間にこんな物騒なモノ習得してくれちゃってんの⁉


「あははははは! みんな死ねぇー‼」


 わあ、しかも絶好調だわ……。

 さすがぶっころ地雷メンタル野郎の本質に変わりはなかった。こういうタイプの若者に、力を持たせちゃいけないって思うのよね!


「リリちゃん、ごめんなさい。わたしたちが遅くなったばかりに」

「……ま、マリア!」


 そう、それよりもマリアよ!

 彼女こそこんな所に来るべきじゃないわ。


「マリア! あなたは今すぐ帰って……え?」

「リリちゃんに、天のご加護がありますよう」


 私に向けられたマリアの指が、金色に淡く発光していた。かと思えば、彼女はその輝く指で、私の肩に何かを描きつける。

 とたんに金色の光が私を包み、右肩の激痛が嘘のように引いていく。

 深く開いた傷口が、塞がっていく。


(――これは、アレだわ)

『指先に意識を集めて、対象部位に象徴紋(スクリフト)を描いてみましょう』

教本(テキスト)に載ってたやつじゃない!)


 あの本よ、図書館で借りたものの、私が諦めてどっかに置いておいやつ!

 なんてことなの、マリアってばあれを見て、独学で身につけちゃったんだわ!


「リリちゃん、痛くない?」

「え、ええ! すっかり治ってるわ。すごいのね、マリア」

「えへへ」


 マリアは恥ずかしそうに笑うと、さらに背後から、何か長いモノを取り出した。

「これも、なんとか直せました!」

「え? ――えええ⁉」


 それは、あの折れたクワだった。

 認識が遅れたのは、ぼっきり折れた柄が直っていただけでなく、クワ全体が白銀に輝いていたからだ。

「え、軽……」

 それは受け取ると羽のように軽く、しかも叩くと澄んだ音で鳴った。

 一体、なんの材質に変わっちゃったの……。独学の範疇を超えちゃってるでしょ、これ。



「リーリエ、もう動ける?」

 フレイが振り返り、ご満悦の表情で問いかけてくる。


「うるさいのは片付けちゃったよ。あとは、近くにアンデッドを操ってる魔術師がいるはずなんだ。君が見つけ出して懲らしめてやりなよ。できる?」


「……できるわ」


 私は大きく頷くと、銀のクワをしっかりと握りしめ、屋根の上へと跳躍した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ