06 リーリエと 襲来!ガイコツ軍団
満月が天頂から、寝静まった村を照らしている。
私は屋根の上で、ぼんやりと景色を眺めていた。
五月の満月を、フラワームーンと言うらしい。
けれど、どこで誰に聞いたのだっけ?
小さな村ではあるけれど、領主邸は最も高いところにある。村の景色を見渡したくて、私はときどき人目を忍んで屋根にのぼる。
私の故郷、野百合の谷。
切り立つ山に囲まれた、童話のような理想郷。
ここは、世界でいちばん素晴らしい場所。
(……生きのびた、わよね?)
私は膝をかかえ、ため息をついた。
このまま平穏に夜が明ければ、ひとまずの目標は達成だ。私は晴れて十五歳になる。1周目のリーリエが届かなかった、十五歳に。
けれど、私の心は晴れない。
明日はどうなることかしら? ――お祝いの席で、ローゼンフェルトの家から婚約の話があるのでは、という噂も耳にした。当人である私が蚊帳の外なのもヘンな話だけれど。
(……って、くよくよしても仕方がないか!)
まだ起こってもいないことを、心配するだけ損ってものだわ!
もし何が起こったとしても、自分の気持ちをハッキリ伝えるまでよ。フレイは良いお友達で、それ以上のことは考えられません! って。
「よし!」
私は屋根の上に立ちあがる。こうこうと輝く満月も、私を応援してくれてるわ。
(――?)
風が吹いた。
なにか、一瞬の違和感を感じる。
この感覚はなんだろう? 奇妙な胸騒ぎがして、私はまじまじと村全体を見渡してみる。
(……何かしら?)
不思議なものが目に留まる。
街道に続く小道から、村の入り口へと、小さな赤い灯が近づいてくる。
松明かしら。――けれど、もう真夜中よ。お客さんの来る時刻じゃないし、旅人にしても何だか様子が変だわ。
(――軍隊!)
私は息を飲んだ。
村に近づいてくるのは、黒い甲冑を身に纏った騎士たちの隊列だった。松明は、その殿の一騎なのだ。
満月でなければ気が付かなかった。彼らの動きに従って、月明かりを受けた鎧が鱗のように光っているのだから。
隊列は粛々と、村の正門に到達する。
突如として、松明が大きく燃え上がる。それがそのまま、直近の家屋へと投げつけられる。
私はすでに、屋根から飛び降りていた。白い燐光を舞い散らせ、着地するなり全速力で駆け出した。
「やめなさい‼」
叫ぶと同時に、私は手近な一人をクワで殴り飛ばす。
武器庫に寄るヒマがなかったから、そのへんの庭から勝手に借りたわ!
「やめなさいって、の‼」
フルスイングで、さらにもう一人を殴り飛ばす。
黒甲冑たちは、今まさに火種を手にし、家屋へ投げつけようとしていた。ざっと十数人ってところかしら?
とにかく、やれる奴からやるしかない。
「せぃやあぁぁあ‼」
慈悲はない。私は気合いとともに、三人四人とクワで殴って沈めていく。
だけど、なにか様子がおかしい。
甲冑たちは機械のように、火を投げる動作をするばかりだ。――手元から、火種を落としているにもかかわらず。仲間が殴られようが倒されようが、私のほうを見向きもしないで。
「――なんなのよ、あんたたち‼」
ひどく嫌な予感がして、私は力任せにクワを撃ちおろす。
ガゴン! と激しい音を立て、相手の首がもげ落ちる。
さすがに悲鳴を上げかけたけれど、次の瞬間、さらに我が目を疑った。
「え……?」
首なし騎士は倒れない。
首を失ったまま、平然とその場に自立している。
かたや地面に転げた首は、兜の目元が半ば開き、中身を垣間見せていた。――ほの白く落ち窪んだ、髑髏だった。
(人間じゃない‼)
足がすくみ、手元のクワがぐっと重みを増す。キラキラモードが解けそうだ。
「――っ、しっかりなさい、リーリエ!」
大声で自分を叱咤し、首なし騎士にフルスイングをお見舞いする。
「死体だろうがガイコツだろうが何よ! こっちだって、一度は死んでるんだからね!」
ここで黒甲冑たちの行動パターンが変わった。
ついに私を攻撃目標と定めたらしい。彼らはあっさり放火を諦め、かわりに腰の剣を抜き、うぞうぞと四方から集まってくる。
うわっ、よく見たら下半身だけの奴もいるわ。さすがはアンデッド!
「……どうあがいても、今日が運命の夜ってワケね」
クワを下段に構えなおし、私はちょっと笑ってやった。
現役悪役令嬢ならば、きっと絵になる顔だろう。
だけど今はそうじゃないから、守らなきゃいけないものがあるのよ。
「かかってきなさい! みんなまとめて、地獄に送り返してあげるわ‼」
私は吠えた。
この村は、リーリエ・リリエンタールが好きにさせないんだから!