05 リーリエとおかしな雲行き
◇ 少しションボリ回ですが、次回どんでん返しです
まずいって、これは!
1周目の記憶を得てから約五年、私はただ、悲劇を繰り返さないことだけ考えて生きてきたわ!
まず目標として、「無事に十五歳の誕生日を迎えたい」って思ってきた!
「ウギャアアア‼」
その結果、私たち三人の仲はすこぶる良好!
よしよし今回の人生は順調だわ、と思っていたのに!
なんで私が、フレイに告白されちゃうのよ⁉
「ヒアァァアア‼」
ああ、どうしてこうなったのかしら?
そもそもアホみたいに身体を鍛えている理由だって、ひとつは「フレイのストライクゾーンの真逆を行くため」だったのに。
私がゴリッゴリであればあるほど、マリアの可憐さが引き立つでしょ?
「イッデェエエエ‼」
それに私が強くなれば、マリアの身も守れて一石二鳥だし?
美少女はなにかと狙われやすい。1周目のリーリエみたいな、邪悪なヤツが現れないとも限らないもの。
――まあ、あとは単純に、身体を鍛えるのが楽しくなっちゃったっていうのは、ある。
「お嬢 タイムタイム‼」
「あら?」
我に返って、私は構えを崩す。
三人の騎士見習いは、みんな揃って伸びていた。
「もう、情けないことね! そんなんじゃこの村を守れないわよ」
「お嬢が強すぎるんですよ!」
「なんなんすか3人まとめてって!」
「ゴーリエ・ゴリエンタール!」
――図書館公開告白事件から、はや三日。
私はひたすら、身体を鍛えまくっていた。だってそうでもしてないと、頭がこんがらがっちゃうんだもの!
だけど、村の自警団の若者を、領主の娘が怪我させるわけにもいかないわ。
「……そうね、今日はここまでにしましょう。みんな、お付き合いありがとう」
「はっ!」
「うぃす!」
「ハァ、脳筋令嬢にはやれやれだぜ」
「でも三人目のあなただけ、もう一戦お相手なさい」
◇
いい汗をかいたら、少し気分もスッキリしたわ。
部屋で一休みするとしましょう。
(――この身体は、すごいわ)
うすうす気付いていたけれど、私の身体には、何か不思議な強化補正が働いているみたい。
そうでもなければ、いくら私がゴーリエとは言え、青年たちをまとめて圧倒できるわけがないわ。
『やばい、お嬢がキラキラモードに入った!』
そう言われて自覚したのは、どうも私は「やるぞ!」と思うと、身の周りに鱗粉みたいな謎の光をまき散らすらしい。
人呼んで「キラキラモード」。
私以外の世界の速度がスローモーションになり、模擬刀は枝のように軽くなり、一突きで全身武装の相手が吹き飛ぶ。
2周目ボーナス、……なのかは分からないけれど、きっと先天的なモノだろう。
(まあ、魔術のほうはまるでダメだったけどね)
そうそう、図書館から借りた魔術の基礎教本なんだけど、結果はまるでダメだったわ。完全なるお手上げでした……。
『指先に意識を集めて、対象部位に〈強化〉の象徴紋を描いてみましょう』
うん。何を言っているのかサッパリ分からなかったわ。
そもそも「意識を集める」って何?
どうしても指先に力だけ入っちゃって、本に穴が開いちゃいそうだったんですけど。いや私どんだけ不器用なの?
そんなことを考えていると、自室の前でばったりマリアに出くわした。
「マリア!」
「――っ、リリちゃんお疲れさまです! すぐお着替えを用意しますね」
「ちょ、ちょっと待って!」
駆け出すマリアを、私は慌てて引きとめる。
そもそも、マリアには日ごろから「侍女みたいなことはしないで」と言ってあるの。だけど「わたしがやりたいんですよ」なんて言って、私を甘やかそうとする。
「ねえマリア、噂は聞いてるかもしれないけど、私とフレイはなんでも無いんだからね!」
図書館告白誤爆事件の噂は、その日のうちに村中を駆け巡った。
これだからド辺境って嫌なのよね! それからこの三日間、お父さまを始めとして、屋敷内の空気も妙にうわついている。
けれどマリアは、一度もその話題に触れていない。
……当然よ。マリアは、フレイのことが好きなのだから。
振り返ったマリアは、私にふんわりと微笑んでみせた。だけどその空色の瞳は、寂しそうにかげっている。
「リリちゃん、おめでとうです! リリちゃんとフレイ君、とってもお似合いですよ。ぜったいに素敵なご夫婦になります!」
「マリア、待って」
「フレイ君は王都の貴族のご子息ですし、リリちゃんはこの野百合の谷のお姫様です。両家にとっても、良いことですよね! ――わたしったら気が利かなくて、言い出せなくてごめんなさい!」
「マリア!」
私は彼女の両手をとって、しっかり自分の胸元に握りしめる。
「待ってってば、どうか聞いて。フレイと付き合おうだとか、私にはそんなつもりちっともないのよ! フレイには、もっとふさわしい人が――」
「リリちゃん」
私の唇に、マリアの白い指が触れる。
人差し指をすっと立てて、言ってはだめ、のジェスチャーだ。
「どうか、わたしをあなたの侍女にしてください」
「え?」
「あの日、わたしを迎えてくれたリリちゃんの手が、どんなに温かかったことか。リリちゃんと過ごしてきた時間が、わたしにとって、どんなに輝かしくて愛おしいものだったか。
――だからわたしは、大人になっても、おばあちゃんになっても、ずっとずっとあなたの傍にいたいんです」
「……」
私は口を開いたけれど、なにも言葉が出てこなかった。
かわりに、涙がこぼれそうだった。
私、この子になんてことを言わせているんだろう……。
『ねえ、マリア。それは「私の傍」ではなくて、「フレイの傍」にいたいからよね?』
そう問いかける代わりに、私は手の甲で乱暴に目元をぬぐう。
「……何言ってるのよ! あなたは私の、大事な大事な妹よ! ずっと一緒に決まってるじゃない!」
自分の不甲斐なさが、腹立たしくて悔しかった。
フレイの告白から逃げているのも、マリアを傷つけているのも、他でもない私なのだ。
この子たちを幸せにしたいと願いながら、なんて不甲斐ないのだろう。
(一体どこで、ふるまいを間違えてしまったのかしら?)
はからずも、今日は十五歳の誕生日の前日なのだ。
1周目のリーリエは、今夜、死んでしまう。