ポンコツお嬢様とバレンタイン〈後〉
前後編の後編です。
「明日の今頃、俺は死んでいる……」
何だかんだで、ピピは僕の部屋まで押しかけてきた。勝手に押しかけてきて勝手にベッドに寝転がって溜め息をついている。正直勘弁してほしい。
「今日が最後の晩餐かー。揚げ物が食いてえ」
「やっすい晩餐だなあ」
ていうかこの人、ルネお手製の殺人チョコを貰ったとしても、食べなきゃいいだけの話なのだ。もしくは致死量ほど摂取しなければいいのに。
「ねえ、そもそもピピとルネって接点無くない? ピピみたいなマイルドヤンキーが、どうやってあんなお嬢様とお近付きになったの?」
「マイルドヤンキーて」
「いや、じゃあそこは訂正するけど」
ピピは外見が若干オラついてるけど、金色の目とか褐色の肌だとかは生まれつきのものであって、別にグレてそうなったわけじゃないのだ。ピピは獣人さんだから。まあ、制服の着方は充分オラついてるけど。
「どうやって知り合ったかって、……しいて言うなら事故だ」
「事故?」
「そうだ事故。不慮の事故。ルネは弓をやるだろ?」
ピピはベッドから身を起こすと、弓を引くような仕草をしてみせる。
うん、ルネは弓の魔術を扱う。とてつもない威力だけど、コントロールもとてつもない。悪い意味で。
「もう4、5年前の話になるが、ルネが夜中に、庭で弓の稽古をしてたんだ」
「夜中に? それじゃあ的が見えないんじゃない?」
「まあ魔力の弓だから、そこは事情があるんだろう。――とにかく、俺はルネに射貫かれたんだ」
「え?」
「俺がコウモリの姿で空を飛んでたら、いきなり矢が飛んできて腹を貫通した。それで地面に落ちた。即死じゃなかったのが不思議なくらいだ」
「え、えええ……」
僕はコメントに詰まった。
思ったよりも、血なまぐさい馴れ初めだった。
「えっと……ピピが生きてて良かったよ。だけど、それでハートも射貫かれちゃったんなら相当なドMだよ。性根を矯正したほうがいいよ……」
「まてまて、まだ続きがある」
首をぶんぶん振りながら、ドMが弁解してくる。
「俺はあまりに酷い怪我で、ルネも泣きじゃくるばかりだった。夜中で、助けを求めるべき大人もいなかった。それで仕方なく……」
「しかたなく?」
ピピが僕の耳元に顔を寄せ、ごにょごにょと呟く。
「――は⁉ 何してんのさ! ていうか何させてんの、初対面のお嬢さんに‼」
僕は思わず声を上げてしまった。
この人、ドMのうえに変質者だ!やったね二冠達成だ!
「ほ、他に方法が無かったんだよ! しかも被害者はこっちだろーが! 俺にみすみす死んでおけと⁉」
「だけどさ、それってすごく、その、センシティブなことだよ。僕だったらトラウマになるよそんなの」
「……うるせぇな、合意の上だろうが」
居直ったようなセリフを、しかし消え入りそうな声で吐き捨てて、ピピは再びベッドにひっくり返った。
魔力はつねに僕たちの身体を満たしている。相手に直接接触することで、ダイレクトに送り込めないこともない。それを生命力として補填するっていう、治癒魔術未満の応急処置がある。
ただ、それは決して教科書的な方法ではないし、日常的なレベルの接触ではまず無理だ。純真無垢な僕からは、それくらいしか説明できない。
「じゃあさ、結局ピピはルネに殺されかけて、ルネに蘇生されたってわけだ」
「そういうことだな」
「とんでもない話だね。……そして今、再びバレンタインデーという名のもとに殺されようとしていると」
「そうだ。あいつの料理は、生きとし生ける全ての存在の命を奪う」
「もう邪神じゃん」
けれど、そこまでコメントして僕はふいに思いついた。なーんだ、完璧な解決策があるじゃないか!
「死にそうになったら、そのたびにイチャついて蘇生すればいいじゃん! やったね無限ループ!」
「馬鹿野郎か‼」
どなり声と一緒に、枕が猛スピードで飛んできた。
◇
「もう少し、難易度を下げましょう」
パウンドケーキの大炎上を受け、私はルネの瞳を見つめて断言した。
「オーブンを使わないものにしましょう。材料も、チョコを含めて三つ以内に納めましょう」
「そ、そうなると、ものすごくシンプルになってしまいますわよ⁉」
「身を守ることのほうが先決よ!」
このままパウンドケーキに挑戦しつづけても埒があかなそうだし、最悪、家が燃えちゃうかもしれない。
私はレシピ本の最初のほうをめくって、手の届きそうなものを探してみる。
「ほら、これとかこれはどう? 簡単そうだし綺麗だわ」
「はい……」
「もー、シュンとしないの!」
ルネの両手をぎゅっと握りしめて、私は力強く言い聞かせる。
「ルネが言ったんじゃない、気持ちが大切だって! ルネが作ったものなら、ピピは何だって喜ぶわよ。断言するわ!」
これは間違いない。おそらく毎年病院送りになってるのに、おくびにも出さずに受け取ってくれるんだから。ルネったらめちゃくちゃ愛されてるんだからね。
「そ、そうでしょうか? ……そうですわよね! このわたくしがわざわざ作るのですから! いわばハム一枚焼いただけでも有難みがありますわよねっ‼」
わあ、ルネが単純で良かった!
気を取り直して、みるみる元気を取り戻したルネと一緒に、新たなレシピに挑みましょう。ちゃんと美味しく安全に作れそうなやつ!
(ピピ、あなた今までよく頑張ったわ。今年は病院送りにさせないからね……!)
こうして数時間ののち、私たちは何とか無事に、お菓子の製造に成功した。
なんとなんと、しかも二種類! もう奇跡かしら!
「で・き・た―――‼」
ひとつはチョコプリン。――ミルクチョコレートを、マシュマロと牛乳と一緒にお鍋で溶かして、カップに注いで固めたもの。
もうひとつは、湯煎で溶かしたチョコを小さな型に注いで、ドライフルーツやナッツを乗せたもの。
「二種類」として計上できないって? いやいや、いざルネさんと作ってみると大変ですのよ……。プリンのタネをマグマのごとく噴火させたり、型からチョコを取り外すときに大破させたりしてね。
「はじめて食べ物っぽいモノが出来ましたわぁーん! まっ黒でもなければ刺激臭もしませんわぁぁーん!」
なにか衝撃的なことを言いながらベソをかいてる……。ツッコまないでおきましょう。
ちなみに、私のほうはちゃっかりパウンドケーキも焼かせてもらったわ。生地の混ざりがイマイチだったのか、あんまり膨らまなかった……。だけど、味は合格点だと思う。
「今日はありがとうございました。リーリエさんも、明日は良いバレンタインをお過ごしくださいね」
そう言って綺麗なお辞儀をするルネは、やっぱりそこだけ見てると素敵なお嬢様なんだけどなあ。
だけどまあ、見ばえの良いものだけが良いモノってわけじゃないから。
(気持ちが大事。うん、ちょっとくらいいびつでも、大事なのは気持ちだから)
カタコト揺れる馬車の中で、私はケーキの入った紙袋をそっと抱きしめた。すっかり暮れた窓の外には、街のあかりが温かな色に灯っている。ここに生きる全ての人が幸せであればいいなあ、なんて漠然と思った。
ちなみにマリア大先生は利用時間内に5種類のお菓子を作ってフィニッシュしたそうです(強い)
ギリギリ2/14中に滑り込みましたが、実質2/13のお話でした。ひぇえ~!
今回も、おつきあいありがとうございました!




